以前書き散らした没、
全部繋がってないので中途半端です、


正直者は今日も馬鹿を見る。

父は何時も口癖のように言っていた言葉がある。「正直者はいつも馬鹿を見る物だ、弘靖、御前はそんな負け犬にはなってくれるなよ」と。其れが家の中であろうと外であろうと朝であろうと昼間であろうと夜の酒の席だろうと。毎日、毎日。私がその言葉を聞かなかった日は一度もなかった。私は自分のことを正直な人間だと思ったことは無かった何故なら、正直者は何時でも馬鹿を見る。損ばかりしかしないのに何故正直になどなる気がするだろうか。父に言い聞かされた詞の影響もあるがそれ以前にも昔から私はそう考えている。その考えが正しいかどうかは判らない。切欠はとても小さなことだったがその時の私にとっては大きな衝撃であり此れからの人生を大きく変えるものでもあった。あれはいつだったか。私がまだ小学校に入学して間もない頃だったか。私には年の離れた一人の兄がいた。兄は成績優秀で運動能力にも長けていて友達も沢山いて兄を慕う人間も勉強も運動も中の下を下回る私には憧れの存在だった。私が小学三年生で兄が中学三年生の冬の正に受検まっさだ中の頃だった。兄は毎日のように部屋に篭もり一生懸命勉強に勤しんでいた。その姿に父も母も勿論私も関心していた。兄の広い背中を見るたびに自分もいつかあんな風になりたいと思っていた。そんな時だ。私が学校から帰ってきてただいま、と挨拶をした瞬間一本の電話が鳴った。母は私の掛け声に応え受話器を取ればみるみると顔を青くさせ声が震えていた。そのまま力なく受話器を置けば糸が切れたようにその場に膝をつき泣き崩れた。私は何事かと思い母に駆け寄った。
「おかん、何があったん」
「…國泰が、…」
「あんにゃがどうしたん」
「國泰が病院に…、重体で、おとんが、今、…迎えにいっとる。」
「何じゃ、また事故ったんか」
兄は数週間前車と自転車の軽い接触事故に遭った。骨折まではしていないが捻挫を負って数日間は松葉杖を着いて生活をしていた。
「あんにゃ、大丈夫か」
「おん、弘靖か。こんなん唾付けときゃ治るんにな、医師も大袈裟やんなあ」
「おかんもおとんも心配してたで、あんま心配かけさすなや」
「お前に言われたらお仕舞いやな、悪かったな」
「それはおかん達に言い」
わかった、と笑いながら大きな手が兄が私の頭を撫でた。その表情は全く屈託がなくとても素直な笑顔だった。だけれど私は恥ずかしさもあったのかそんな兄の寛大さに甘えて笑顔を見せることはなく顔を上げることも手を振り払うことも出来なかった。
「違う、…友達と喧嘩して、頭を…鈍器で殴られたて」
「何じゃそれ、大事やんか、警察とか来てるんか」
「わからん、けど…、今はそんなことより國泰が心配や」



言いたいことは山程あったのに

別れというものは迚も呆気ないものだと思う。形あるものは孰れ壊れる、と誰かが云っていたような気がする。そして失った物の大切さは失ってからじゃないと気付かないものだ、とも。彼は其れが納得できなかった。受け入れなかったと言ってもいい。その理由は彼にも判らない。永遠に解らないことだと彼は諦めているからだ。此の、何とも、理不尽で、無責任極まりない言葉に躍らされているという感覚が嫌だったのか、唯唯そんな当たり前の事で悔やんだり、落ち込んだりする己に嫌気が差すのか。前者であれ後者であれ全てが馬鹿馬鹿しいと思えた。逸そ出逢いなど無ければいいのに。繋がりなど、大切など。そんな下らないもの無くなってしまえばいいのに。然して今日も彼は自分という存在をかなぐり捨てた。誰にも邪魔されることのない、騒がしくも、煩わしくも、喧しくもない。誰にも干渉されない世界。其処にたった一人。孤独すら忘却し何も感じることもない、何も考えることもない。何も得ることもなければ失うこともない。期待することもなければ絶望することもない。そんな、誰かが臨んだ世界に、一人残される。何度叫んだことか、何度喚
いたことか。届くことのない叫びは消え、沈黙だけが時間を支配する。気が狂いそうに二成程の時間を過ごした気がする。嫌、最早早いのか遅いのかすら判らない。切欠は小さすぎて消えてしまいそうな出来事なのに、彼は「其処」から抜け出せずにいた。
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「…、」
砂利が口腔に入ったようなじゃり、とした感触が何とも気持ちが悪い。その場に唾を吐き出せば狭く濁った空が彼を覆う。微かに雨の匂いが漂う風を肌に感じ、湿気と汗でじっとりと汗ばむ背中の冷たさに小さく身を震わせながら彼は何時もの場所へと足を運んだ。周りは田圃だらけで一見変哲もないただの田舎だ。地面は砂利道で車の走った形跡等全く見られないし人っ子一人見掛けない。草を踏む音が煩く聞こえるほど、此の街は静かで其の静けさは嫌いじゃなかった。
「康晴、」
さくり、さくり。と雑草を掻き分けることなく踏み歩いていれば背後から嗄れた声が彼の名を呼ぶ。そのまま立ち止まって声の主へと顔を向ければ皺くちゃな顔をした独りの御老人が此方を憂うような表情でじっと見詰めていた。
「何だい、婆ちゃん」
「康晴、御参りには行ったかい、」
「今行くところだよ」
「そうかい」
それだけ言うと皺だらけの目尻を僅かに下げそのまま何処かへ去ってしまった。前屈みに曲がった背中を見送ってはまた足を進めた。不意に手元を見下ろすと其処には小さな花束が握られている。それは長く伸びた雑草や木に緩くあたってはその反動で花びらが取れたり揺れたりと、ぞんざいに扱われていたがその手には確りと花束が握られてた。雑草だらけの道を抜けると石段が見える。差ほど高くもないのに二段飛ばしで一歩一歩確実に上がっていく。登りきれば其処にはぽつん、と亦雑草だらけの無法地帯に墓石が一つ、そして線香の煙が立ちめいていた。
「誰か、来てたのか。」
線香の煙に瞠目していれば特に気にせずにその横に花束を添える。墓石の前に膝を付けば両手を合せ黙祷を捧げた。うっすらと眸を開ければ優しく墓石を撫でてやり重々しく口を開いた。
「芳枝、こっちは気にするな御前の分まで生きてやるけんな、」

以上、没集。



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