英雄と軍人、


「私は御前が大嫌いだ」

そう云って一人の英雄は表情から笑顔を消し去り憎悪に似た禍々しいものに豹変させ今日も自分を殺すのだ。



この世は平和惚けしている。珈琲を口にしながら窓を眺める青年はそう考えていた。窓の外の光景は誰もが皆無邪気に笑い、そして何とも楽しそうにその場を駆け回ったりと一見平和な時間に見える。だがふとした瞬間に車に轢かれたりと不慮な事件に巻き込まれ死に至る。この世界ではそういったことがもう日常茶飯事となっていた。今も、そうだ親の目を離した隙に風船を追い掛ける子供が道路に出て車に轢かれその反動で車は方向を変え公園に聳え立つ木へと辺り運転者は車のガラスにぶち辺り眼球を割れたガラスに突き刺しては身をぐったりと凭れそのまま動かなくなった。泣き叫ぶのは父親とも思える男。潰れた息子の死体を抱きながらその場を走り去っていった。そんな大きな二次災害が起きたとしても誰も騒ぎ立てはしないし騒ぎ立てたとしても悲鳴を上げるだけで死体処理に掛かろうなどという人間は誰も存在しない。あの時、あの父親はアイス等買いにいかず息子から目を話していなければ、あの時車が通っていなければ、と「れば」という都合のいい考えは幾らでも出てくるが実際事が起こってしまえば全ては意味の無いものに変わる。そんな慣れた光景に双眸を閉じればまた珈琲に口を付け、窓から視線を外し背後にいる男へと視線を落とす。
「ああ、また誰か死んでしまったようだね」
ソファに腰を掛け同じように珈琲を飲んでいた男は何処か憂うような目で窓の方を見ていた。そんな彼に舌打ち一つ打てば眉根を寄せて吐き捨てるように詞を紡ぐ。
「死んでしまったようだね、じゃねえだろ。彼奴らを救ってやるのが手前の仕事じゃねえのか、」
「……、今の私は唯の新聞記者だ。英雄じゃない」
「言ってろ」
「それに私が行ったところであの子達は救えない」
珈琲に映る己の顔を眺めては其れを消すようにコップの取っ手を離し床へ落とす。中に入っていた珈琲は零れ落ち床を汚す。コップも床に到達してはがしゃん、と音を立てて破片を散らばせた。だが水溜まりのようになった珈琲に映る己の顔を見るとある男の顔が連想されそれさえもスリッパを履いている足で踏み潰した。ぴちゃり、という液体の跳ね返る音とがしゃががしゃという破片の粉々に鳴る音が部屋に響いた。
「…何してんだ御前、」
「軍人君さあ、…彼奴にあったんだろう?、私に似てた?、嗚呼、そうだ、キスしたんだっけ、どうだった?、…それとも、もうヤっちゃったとか?、」
「な、にを…、彼奴って誰だよ、」
ゆらりとソファから起立すれば何処か覚束無い足取りで窓辺の青年へと近付く。いつもと変わらない飄飄とした表情なのにそれがどことなく恐ろしくて心無しか後退りしてしまう。目前まで迫っていたときには背中は壁に付いていて逃げようとした刹那、男の両手が自分を逃がさまいと覆っていて両足の間に足を入れて完全に逃げられない体制になってしまった。流石に焦り始めた青年は抵抗を試みるがその行為は次の事によって意味の無いものに変わる。

「スプレンドント、」

ある男の名前が耳に入ればその人物が何ものであるかを認識する前に顎を掴まれ唇を塞がれる。瞼を大きく開くといきなり両手を掴まれ壁へと押し付けられる。予想をしていなかった所為かいとも簡単に歯列を割られ舌先が口腔へと侵入する。差し込まれた舌で口腔を探られ、上手く呼吸ができない。呼吸さえも飲み込まれているような錯覚さえも覚える。口蓋を舌先で擽られると背筋が震え、腰が微かに痺れた。
「っ、や、…め」
「軍人君、答えてよ」
荒々しい接吻から開放されればぜえはあと肩で息をする。頬に流れた唾液を腕で拭えば上目で相手を目付ける。その視線を愛惜しそうに絡めては微笑む。だがその瞳は暗く澱んで虚ろだ。恐怖が背中を這い回り足元が抜かるんだ床に落ちるようにすくむ。



投げた。



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