(BACCANO!)

殺人狂と婚約者

死にたい。

彼女の頭の中にはその言葉が木霊する。ドクン、と心臓が脈打つ音が聞こえる時、その波が体に染み渡る時、とても、途轍もなく、死にたくなる。

彼女は死に場所を探していた、彼女は死ぬ理由を探していた。理由は無いのに何故か死にたくて、理由を探すも、探すだけでまた、死にたくなる。

昔、何度か自殺を謀った時がある、初めて自殺を試みた時彼女は首を吊って死のうとしただが首に紐をを掛けようとした瞬間その光景を両親に目撃され必死に止められた事を覚えている。両親のくしゃくしゃになった顔を見て申し訳ないような気持ちはあったのだが不思議とそこまで罪悪感は無かったのだ。あるのは、死ねなかった絶望感と、死なせてく
れなかった両親への葛藤。だが泣きながら自分を叱る両親に対して彼女はその感情を押し殺しごめんなさい、と蚊の鳴くような声で呟いた。二回目は睡眠薬の多量摂取による自殺だ。何百にも及ぶ夥しい程の薬の数々。そして数えきれないほどの種類。何十件もの薬局を巡り揃えたのだ。それだけ見ると店が開けそうだな、と彼女は冷静な頭で思った。

一粒、二粒、何度も錠剤と水が交互に喉を通過し胃袋へと落ちる。死へと近付いている、確実に、確信をもって。淡々と飲み続けているといつの間にか腹の奥から抉られるような、爛れているような感覚が芽生えてくる。視界が歪み「完全な」嘔吐感が込み上げて来た時には10粒程の錠剤を水も無しに自らの歯で噛み砕き飲み下した。

躰が痙攣し初めて汗がじわりと肌に滲む。呼吸をしようにも苦しくて、苦しくて吐くことしか出来ない。口に残る噛み砕いた錠剤の味に眉を顰蹙させればもう味覚すら鈍ってくる。

もう死を待つだけとなった彼女は最期に恍惚とした表情を浮かべた。彼女が渇望していた死が、彼女が願っていた死が、やっと、……やっ、と…、 死を受け入れることを誰よりも願っていた彼女が今、死を迎えるのだ、これは彼女にとって、何よりの幸福な事だろう。

彼女はその「幸福」に顔を歪ませると意識は暗転した。





































の筈なのに。

彼女は生きていた。死ねなかったのだ。また、また彼女は死ねなかった。彼女は死ねなかった。涙すら流せなかった。めをあことみればばしょはベッドのうえで、うでには点滴がさされていて。窓から外をみると清々しい程のいい天気で陽光が眩しくて、そして、そして、まだ心臓は動いている。「あの時」と同じ様に。ゆっくりと、ゆっくりと、動いている。
“私は生きている”



何故、何で、死んだはずなのに、何故生きているの、「私」は死んだのに。死ねたのに。何故、何故、何故、何故、何故、何故、死なせてくれないの。何故生きているの、お願い、お願い、死なせて。生かさないで、「私」なんて、死なせて、死なせて、私を、誰か。誰か、誰でもいい、誰でも。通り魔でも、なんでもいい。金目当てでも構わない。殺し方なんて酷くても、惨くても、痛くても、構わないから、最終的に私を殺して、私を、殺して。

点滴を自分の腕から引き抜きベッドから跳ね起きて彼女は窓から逃げ出した。心なしか体は震えていて体は重くて、軽い。だが彼女は走った。ただ、ただ真っ直ぐに。呼吸をするたび過呼吸のように苦しくなる、だが走った。

いつの間にか見慣れた街へと来ていたらしく賑やかな、それでいて煌びやかな景仰が見えた、だが彼女はそんな事さえも忘れ街の中を走った。擦れ違う人々は彼女を見るなり「何かに逃げている」のかと一度振り返って彼女を凝視していた。そして一番は「病院から逃げ出した」という声も多かった。何故なら彼女は今患者服を着衣したまま走っているからである。中には止めようかと思う人間もいれば素通りしていく人間もいる。だが実際に彼女を止めようとする人間はいなかった。

「いってぇ、…なあ、」

1人の男性にぶつかった、否。ぶつかられてしまった。勢いよ難いのいい男にぶつかられ彼女はなんとも力無く地面に落ちる。軽い尻餅をついただけなのに強い衝撃が体に響き小さな悲鳴を上げる。

「おいおいおいおい、人にぶつかったら謝るって事を知らねえのか、ぁあ?、」

柄の悪そうな男は倒れ込んだ彼女を見下し下卑な笑みを浮かべながら怒鳴り込む。彼女はうっすらと目を細め小さな声で謝罪の言葉を述べた。だがその声が聞こえなかったのか、又は挑発されているとでも思ったのか男は眉を大きく釣り上げ喚くような怒号を浴びせた。「聞こえねえなあ、」

「つ、」

そう言ってテンションを上げる男は彼女の襟元を掴み上げ上に持ち上げた。それだけで喉が詰まり酸欠状態になって頭が朦朧とする。このままでは死んでしまうかもしれない、周りにいる人々はそう思った。だがやはり止めようかと思う人間はいても止めようと実行に移す人間は誰一人としていなかった。止めたとして後の自分がどうなるか勝手に予測していたからだろう。

だが、彼女は一切抵抗する事はなかった。

嗚呼、嗚呼、漸く死ねる。有難う、有難う。私を殺してくれて有難う。さあ、首を締め上げて私を殺して。殺しなさい。早く、早く。もう止めるものなんて何もない、誰もいない。だから、さあ、殺しなさい。私を殺して貴方が後にどうなろうかはどうだっていいの。貴方が私を殺した事実だけでいい。もう少し、もう少し…、…

「ガ、あぁ、」

苦しそうな嗚咽が聞こえた。だがこれは彼女のものではない。これは彼女を持ち上げた男の声だった。男の手から彼女は落ち、また地面へと倒れ込む。何があったのかと思い男の方に目を向けると男は後ろから首を掴まれ絞められていた。口元から粟を噴かせ悶絶する男だったが意識が遠退き体をだらんと脱力させその場に

「…、…」

言葉すらうまくだせなかった。今自分を殺そうとしていた男がたったいま何者かによって殺されたのだ。この、目の前にいる男によって。恐る恐る彼女はその殺した男へと目を向けるとその男は視線に気付いたの口元を大きく歪ませてなんとも「無邪気」に笑った。

「なあなあなあなあなあ、アンタ死にてえんだろう?、そういう目ぇしてるぜ。後なんだよその格好はよお、自殺でも失敗したかああ?、そーなのか、そーなんだろ。何でわかるかって?、この殺人狂のラッド・ルッソ様にわからねえことなんてねえしなあああ、ヒャハハハハハハハハハハハハハ」

男の言っていることは殆どが真実だったので彼女は特にうんともすんとも言わず無言で頷いてみせた。そうするとさっきまでキチガイのように馬鹿笑いしていた男は急に顔を顰め心底苦手なモノを見るような目で彼女の顔を覗き込んだ。

「面白くねえなあ、おい。そんな人生詰まらなくねぇ?、寂しくねぇ?、悲しくねぇ?、生きてえ奴の人生を潰すのは楽しくねえ?、愉しくねぇ? アンタみたいな奴がいたら殺す気が失せちまうじゃねえかよ、なあ、」

滅茶苦茶な、それでいて理不尽な事をいう男は眉を下げガックリと肩を落とした。

「……」

その姿をみると何だか子供のような幼さがあるように見えた。さっきまで愉しそうに男を殺した人間とは思えないほどの残酷な無邪気さ。殺す事に躊躇いがないこと、それを純粋に「楽しんで」いること。これこそがこの男の狂気に見えた。

「……アンタ、名前はなんてーんだ?、俺はラッド・ルッソつー一応ルッソファミリーのボスだ、兎に角殺しが好きで好きで好きで好きで好きで堪らねえ、嫌、寧ろ愛してる…とまあ、周りにゃトチ狂ってるだあなんだ言われるが愉しいもんは仕方ねえだろぉ?、なあ?、相手の骨を砕いて肉を潰して血を垂れ流させてよお、そんでもってその血を浴びてみろよ。誰だって狂っちまうよなあ、それが快感でならねえ訳よ、ああああ、今でも殺したくて殺したくて仕方がねえなあ、ヒャハ、ハハハハハハハハ、」

笑う、嗤う、嘲笑う。愉しそうに愉快に滑稽に男は、ラッドは笑っていた。彼女はその姿に特に臆せずか細い声帯を震わせ口を開いた。

「………私は、ルーア」

短く自分の名前だけいうとラッドは酷くおどけたような表情をするとやがて喉の奥からクツクツと笑い体を震わせていた。

「ヒャハハハハハハハハハハハハハ…!、この俺があーんな糞なげえ挨拶したのに一言だけかよ、面白えなあ、そう思わねえ?、ヒャハハハハハハハッ、 …おおっと、これ以上言ったらアンタもちったあ苛っとくっかあ?、 そうか、ルーアか、良い名前じゃねえか、」

また笑い出す男を見て彼女、ルーアはふと思った。「この男なら自分を殺してくれるのではないか」、と。だがそれだけじゃない。どんなに惨たらしく、卑劣で酷い殺し方をしてもこの男なら、自分をあの男と同じ様に「愉しそう」に殺してくれるのではないか、と。

期待、羨望、渇望、或いは好奇心。そんな感情が一気に思考に流れ込んでくる。彼女は口を開く、たった、たった一言男に言うために。

『私を殺して』、と。

「結婚はしてるか?、或いは婚約者、或いは想い人、或いは恋人。なんでもいい。意中の相手はいるかあ?、」彼女は口を詰むんだ。出掛かっていた言葉を喉に押し込み驚いたように目を開いた。その表情をみた男はニヤリと愉しそうに口を歪める。

「いねぇみてえだなあ?、そうだろ?、そうだよなあ?、そんな相手がいりゃあ死にたいなんて思わねえよなあ?、」 それがどうしたのだ、と言う目でラッドを見詰めるルーアの目を見てラッドは彼女の頬に手をやりにい、と笑い、希望に満ちたような、そんな顔をしてみせた。

「ならよお、俺と婚約しねえか?、」

耳を疑うような科白。ルーアは目を丸くさせた。ラッドは先程とは違い少し照れたような顔をし無表情で唖然としたルーアに言葉を紡ぐ。

「おおっと、…俺と結婚すりゃあお前にだってメリットはあるぜえ?、 例えば………俺に殺されることが出来る…とかなあ?、」

ピクリとルーアはラッドの言葉に微かに反応した。その反応を見てラッドは気を良くさせ自らのテンションをあげていく。

「お前より生きたがってる奴を1人残らずきれええぇぇいに片付けたらよお、最後の最期にお前を殺してやる。綺麗に、丁寧に、繊細に、そして残酷に、卑怯に、惨く、酷く、そしてなによりたっのしくたーっぷりと痛みつけて殺してやるからよおおおお、ヒャハハハハハハハハハハハハハ、 ハハハ、ハ …なあ、どうだ?、」

頬に添えた手を下にずらし唇を撫でる。ルーアはその言葉にうっすらと頬を紅潮させ無言でまた頷いた。

これは愛の告白などではない。それにしては歪で湾曲していて狂ってる。でも俺は言ったのだ。「最後の最期にお前を殺してやる」、と。別に最後でなくとも今すぐでも構わないのに。それはその男らしい立派な愛の告白なのだ、と彼女は理解した。

「じゃあ、先ずはお着替えでもしようか?、婚約者さんよおお、ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハ、」

そして軽々と横抱きにされ街の中を歩いていく。彼女はこれからのこの男との人生、そしてこの男がどの様にして自分を殺してくれるのか。そう思いながら瞳を下ろした。


(殺されるなら、貴方の手で、)
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