殺人狂と婚約者

花瓶に入った一輪の美しい花が彼女の眸に揺れている。

彼女は花を育てるのが好きだった。嫌、今も好きだ。だから今もこうやって花を育てている。一生懸命に育てた花が開くのはとても嬉しいものだが、一番好きな時花が開花する時では無くは、儚くも呆気なく枯れるとき。花びらが萎れて一枚一枚落ちていく瞬間を見るのがどうしようもなく好きだった。何故なら自分もこんな風に呆気なく終わりが来て死んでいくのだと目の前で知らされてるような気がして。だから彼女は花を育てている。何故花に執着しているかは不明だが。何故か犬や猫などの動物では見たくなかったのかもしれない。といっても猫の場合自分の死が近いことを悟るとどこかへ去ってしまいその瞬間を見ることは難しいのだが。だからなのか、彼女は花を育てている。

「ルーア、」彼女が恍惚とした表情で花を眺めていると後ろから彼女の名前を呼ぶ声がした。後ろを振り返ってみると金髪の髪の毛に細い目の長身の男が立っていた。何処にでもいそうな男だが彼は居たたまれないような、悲しそうな、虚しそうな、又は“愉しそうな”そんな表情を浮かべていた。彼女は振り返るだけで無言で男の言葉を待った。さっきまで恍惚と花を映していた双眸は鈍く揺らめいては男を映している。その瞳を見て男は無言で首を振った。だがそうすると重々しく口を開く。

「明日、決行するってよ」

その言葉で2人の間に沈黙が流れる。彼女はただ何も言わずまるで蚊の鳴くような声で頷いてみせた。長身の男はやはりさっきの表情を変えずまた口を開いた。

「………大丈夫か?、」

彼女は頷いた。

「本当に?、」

彼女は頷いた。

「…俺はよ、ラッドとお前は普通に結婚して幸せになった方がいいと思うんだがよ」
彼女は頷かなかった。

「…そう思わないか?、」

彼女は頷かなかった。

「………そうか」

それだけ言うと男は部屋から出て行った。彼女は男の背中を見送るとまた花の方へと目をやった。

「………明日、」

そう呟くと彼女は花瓶から花を抜き何を思ったのか一枚、一枚と花弁を千切っていった。花弁はひらりひらりと床に舞い落ちていった。彼女はただ、ただ無心で花弁を一枚一枚丁寧に千切った。

「おいおいおいおい、そーんな事しちまっていいのかあ?、お前大事に育てたじゃねえかよお、」

突然耳元で荒々しいような声が聞こえた。彼女は千切っていた花を手から落とし殆ど花弁の千切れた花は床に落ちる。

「…ラッド、」

相手の方に目を向けると彼女は先程の男とは違う声色で男の名を呼んだ。ラッドと呼ばれた男はにい、と機嫌が良さそうに口角を上げ口元を歪ませた。

「おう、もうフーから聞いているとは思うがいよいよ明日だぜぇ?、明日あの汽車に乗る奴ら貧乏人からボンボンの金持ちまでぜぇぇぇえええんぶ、ぶっ殺しちまうんだからよおおお、わくわくするよなあ、するよなあ!!、」

狂うように喚く男を見ると彼女は恐怖に顔を強ばらせた。だが男の表情や動作以前に疑問に思う事があり口を開いて短いながらゆっくりと言葉を紡いでいく。

「その服……、」

何気ないその一言を聞き取ると男はさっきまでの笑みよりもより凶悪な、それでいてどこか無邪気で愉しそうな表情に顔を豹変させる。

「ああ、これか?、真っ白だろ。明日着る服だがお前にだけ先に見せてやろうと思ってよお…どうだ、似合ってるだろ?、」

男はに、と白い歯を見せ得意気な顔をするとわざとらしく襟を正した。その姿を見ると彼女は小さく苦笑を零しええ、と呟いた。

「おっと、お前のも用意してあるんだぜ?、今はねえが、この真っ白なタキシードに合った純白のウエディングドレスがよお、」

男はその場でくるりと回ってみせる。そして彼女の肩を抱けば今度はさっきの表情とは違い「婚約者」としての顔が彼女の双眸に映し出される。その見るからに真面目に、そして真剣な表情をしてみせる男に心臓の音が早くなったような気がする。

「なあ、」

一言、

「お前はよ、」

二言、

「俺を………、」

三言、

そこで男の口は閉ざされ言葉は切られた。彼女は男を見ると少し淋しげな、それでいて悲しげな表情を浮かべた。すると何を思ったのか彼女は彼の背中に女らしいか細い手を回し優しく包んだ。そして、耳元で、

「愛しているわ、ラッド」と、囁いた。すると男は抱いていた手の潰れんばかりに力を強め強い抱擁をする。その姿は今にでも彼女を殺すように。その表情は彼女を愛するように。又はそのどちらかにも見えた。

骨が僅かに軋み呼吸がしにくくなり息苦しくなるなか床に落ちたあの花が見えた。その花は男の靴の下になって原形を留めていなかったが彼女はそのぐちゃぐちゃになって萎びた花を自分の姿と重ねた。








(潰れた花は私の死に様に似ていた、)



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