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その日のミッドガルの天気は大雨だった。




「……フン」


セフィロスは忌々しげに窓の外を睨みつける。
空は一面鉛色の雲、そしてある程度外の音が遮られているはずの室内まで聞こえる雨の音。遠くの方に建っているはずの建物は全て白く霞んで見えなくなっている。
今日はそこそこ大きな任務が入っていた。ミッドガルから少し離れた場所にある反神羅組織の工場。そこを中心として、膨大なマテリアを利用した新しい兵器が造られているらしい。
神羅に向けて使用されるとかなり厄介なそれを、完成する前に工場ごと破壊する……はずだった。


それがまさかこの雨で妨害されるとは。




雨の日と道化師




任務に向けての最終準備を自室で行っていた午前4時。突然セフィロスの携帯が鳴り響いた。


「……私だ」


電話に出れば聞こえてきたのはソルジャー統括、ラザードの声。
そのままセフィロスは特に何も答えず、ただ無言でいると相手は勝手に話し始めた。


「実は今日から開始されるはずだった任務の件なんだがね……延期されることが先程行われた緊急会議で決定した」
「延期?」


あまりの予想外な言葉に自分でも驚くほど間抜けな声が出てしまった。
何せセフィロスの記憶の範囲では、今まで一度たりとも神羅が任務を――ましてや規模が大きな部類に入るであろうモノを延期したことなど無かったから。


「ここ数日で比較的大型の台風がミッドガル付近に接近しているのだよ――ああ、もちろん我々もそれを見越した上でこの任務の日程を決めたのだがね」


ラザードの声は冷静だった。


「我が神羅の気象観測チームによれば台風の進路はギリギリ外れるので任務には差支えがないと予想していた」
「……」


セフィロスただ無言でその話を聞いていた。


「しかし、今日になって判明したのだが……その進路が曲がってしまってね……ほぼミッドガルに直撃、だそうだ。この天候状態では空はもちろん地面を移動するのもままならない」


「……まったく、やってくれたものだ」と電話越しにラザードの苦笑いが聞こえてくる。
そしてその後、こちらが何らかの返事を返す前に(といってもあまり返したくもなかったが)「では、そういう事だ」と告げられ、一方的に電話を切られてしまった。




……かくして突如その日の予定は無くなってしまい、いわゆる“オフ”になってしまった。




事前に予定が無いことを把握していたならば、ある程度それなりに“余暇の使い道”を思いつくことができたであろう。
しかし、こうも突然やってくると案外何も思いつかないものだ。


「暇だな……」


特に意味無く、携帯をいじってみる。そこで一つ、この問題から脱却する方法をセフィロスは思いついた。


――アイツに連絡すればなんとかなるかもしれんな……


そう考えて、セフィロスは番号を押すと、携帯を再び耳にかざした。




*




「……で、俺に何の用だ?」


コール3回で電話に出たジェネシスはどこか不機嫌そうだった。
ジェネシスも自分と同じく任務が延期されたのだろう、セフィロスはそう感じつつ事情を説明する。


「……ふん、それで戦闘オタクのお前は余暇の使い道すらも思いつかず、仕方なく俺に助けを求めたワケか」
「ならばお前はどうするつもりだったのだ?」
「俺はこの貴重な時間を使って“LOVE LESS”の最終章についての考察をじっくり深めようと思っていたのだが」


……このラブレスオタクめ。セフィロスは内心舌打ちをした。


「まあ……それは冗談だ。何なら、今からそっちに行ってやってもいいぞ?」


ジェネシスはそう言って、せせら笑う。
明らかに上から目線なそれを聞いて一瞬殺意が芽生えたが、


「今から1分以内に俺の部屋に来い。1秒でも遅れたら、お前のその煩い口を切り裂いて一生口を利けなくしてやる」


そう言って、先程(他の人からだが)自分がされたように一方的に電源を切った。




*




それからきっかり1分後、ジェネシスはセフィロスの部屋にやってきた。
いつもまとっている赤いコートはなく、黒いタートルとズボンというごく簡素な格好で。


「よう……英雄様?」


相変わらずジェネシスの上から目線な態度は変わっていなかった。


「今日はどうする? ジュノンか? それともコスタの近くのエリアか?」


そんなジェネシスの表情を見ることなく、壁に立てかけてあった愛用の刀を取りながらセフィロスは言う。
互いに暇さえあればソルジャーフロアにあるトレーニングルームにて剣を交える――それがもはやセオリーとなっていた。


「いや、今日は遠慮する」


ジェネシスの返答は意外なものだった。


「生憎だが、今日のトレーニングルームは俺の幼馴染が仔犬の調教に使っている……それに俺自身も今日はそんな野蛮なコトがしたい気分ではない」


その代わりに、と言わんばかりにジェネシスはセフィロスにあるものを渡してきた。
それはジェネシスが常に持ち歩いている本ではなく――


「トランプ?」
「いくらお前でも、それくらいは知っているだろう?」
「馬鹿にするな」


セフィロスは思い切り睨みつけた。


「で、それで何をする?」
「――ババ抜きなんかどうだ?」


……随分と嘗められたな、セフィロスは思った。


「ふん。シンプルすぎるな」
「人の話は最後まで聞け。俺はただやるとは一言も言っていない」


ジェネシスは不敵に笑う。
こういう表情をしたときのジェネシスはろくな事を考えているわけもなく


「どうせやるなら――賭けでもしないか?」


そう言ってジェネシスはセフィロスからトランプを取り戻し、その長い指でトランプを切り始める。


「賭け?」
「そう、シンプルに敗者が勝者の命令に従うという訳だ」


セフィロスは少し考えたが、


「まあ……たまには運に任せるのもいいだろう」


セフィロスが浮かべたその笑みもジェネシスと負けず劣らず不敵なものだった。


俺が勝ったら一週間ほどお前の手からあの馬鹿げた本をとりあげてやろう……


そんなことを考えている間にカードを十分に切り終えたのか、ジェネシスはそれを配り始める。
プレイヤーはたったの2人、それだけに配られた量もそれなりに多かった。
うっかりカードを落とさないように注意しながらセフィロスはその内容を確かめていく。
冷静に見てみれば、すでに2枚揃っているカードが何枚もあった。
それを目の前のローテーブルに次々と捨てていき、残りも十数枚になったとき、


「……!!」


目の前に現れたのはおどけた道化師と“J”という文字が黒々と印刷されたカード。


「ゲーム開始だ……」


己の手札を見て、それからチラリとセフィロスの表情を見るとジェネシスはそう告げた。




*




ゲームを始めるまでは、そのあまりにも単純なゲームにくだらないと思っていた。
が、その道化師のカードが互いの手の間を次々と渡っていくうちにセフィロスもジェネシスもその表情は真剣なモノになっていく。
よく考えてみればこのゲームには勝ち負けが当然あり、そして今回はおおげさに言えばそれによって勝者には何らかの栄光、敗者には何らかの屈辱を味わう。
まるで、ミッションそのものだ――セフィロスはそう思った。


そうしている間にカードの枚数はセフィロスが2枚、そしてあのジェネシスは1枚、このゲームもフィナーレを迎えた。
セフィロスの手元にはスペードの7……そして先程舞い戻ってきた忌々しい道化師。
残り1枚ということにジェネシスが笑みを浮かべる中、相手に悟られぬようカードを見えないところで慎重に混ぜる。


「さっさ取るんだな」


2枚のカードをジェネシスの目の前に差し出す。それをジェネシスはまるでミッション前にマテリアを吟味するかのように真剣な眼でみる。
そしてようやくその指でつかんだカードはあの、道化師。
そのカードがジェネシスの元に渡った瞬間、ジェネシスが舌打ちをした。今度はセフィロスが笑みを浮かべる番だ。


「何を笑ってる?」
「いや……お前が提案した賭けとやらにお前自身が負けたらどうだろうな」


さらに余裕の表情でセフィロスが独り言のように言う。その言葉だけで相手へのプレッシャーには十分すぎるモノだった。
最初に提案した張本人が敗者となる。それは誰であろうが屈辱的な事実であるはずだ。
まして、今回その“提案した人”はジェネシスだ。あの無駄にプライドが高い彼がもし負けたらどんな表情をするだろうか?
それを想像するだけで、セフィロスの笑いは止まらない。


「……言っておくが、まだ勝ち負けは決まっていない」


背中の後ろでカードを混ぜつつ、ジェネシスは言った。


「さあ……取るがいい」


セフィロスの目の前にカードが差し出される。そのジェネシスの表情は若干ではあるが焦りが見えていた。
2枚のカード。次でセフィロスが勝つ確立は2分の1。無論、セフィロスも負ける気は微塵も無い。


「――じゃあ、遠慮なく」


セフィロスが左にあるカードを取る。その瞬間、ジェネシスは目を見開いた。
裏返してみれば、そこにあったのはあの道化師ではなくハートの7。


「どうやら、俺が勝ったみたいだな……」


セフィロスはジェネシスに見せびらかすように、その2枚のカードをローテーブルの上に落とした。
しかしジェネシスの表情はセフィロスの期待とは反して、とても落ち着いている。


「……まあ、今回俺はついてなかった」


「だが次も同じようにいくとは思わないことだな……」そう言いながらローテーブルに散らばったカードを片付け始めたジェネシス。


「……で、俺に何して欲しい?」


ジェネシスのその質問に「1週間程その馬鹿げた本を持ち歩くな」とセフィロスが言おうとした時、


ふと壁に掛けてあった時計が目に入った。


トランプをしている時にはそこまで気にならなかっかたが、まだジェネシスがこの部屋にやって来てから僅か十数分程しか経っていない。
そこでセフィロスはジェネシスを呼び出した目的を思い出した。


「そうだな……そもそも俺は有り余った余暇を潰す為にお前を呼び出した」


セフィロスは言った。


「したがってお前は今日1日俺の暇潰しに付き合ってもらおうか?」
「……意外だな。もっと酷いモノを想像していたのだが」
「人聞きが悪いな」
「……事実を言ったまでだ」


そう言うとジェネシスはそっぽを向いてしまった。


――とりあえずこれで時間が潰れるな


その様子を見ながらセフィロスは密かに笑みを浮かべた。




End




→あとがき



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