「最っ低!!」
夜のLove Less通りから少し離れた、人通りの少ない路地裏。
その静かな空気を切り裂くように、女の甲高い声が響き渡った。
Play boy
そんな罵声を浴びせられてもレノは少しも動じることは無く、ただ女をその蒼い目で見ていた。――と言うよりも、正確には睨んでいた。
「退屈だ」と言いたげに、ガムを噛みながら。
その様子に女のボルテージはだんだんと溜まっていく。
ついには女の緑色の目からは涙がこぼれはじめた。
「何よその態度! 今まで私のこと、とても愛してくれたのに! どうして……どうしてなのよ!!」
女の目は涙で大分濡れていたが、それでもレノを鋭い目つきで睨んだ。
……くだらない、本当にくだらない茶番だ。レノは思った。
それに、「今まで、とても」という言葉にもかなりの語弊がある。この女と、とあるバーで知り合ったのは今からわずか2日前の出来事なのだから。
金色のロングヘアに少し色白……女の容姿としては合格点。だから1人でバーで飲んでいた時に言い寄ってきたその女を、レノは拒まなかった。
と言ってもそれは「本気の恋愛」でもなんでもなく、ただの一時的な「退屈しのぎの玩具」としてだが。
「……いつ俺がお前に対して“愛している”みたいなセリフを言った?」
レノの表情は女のそれとは違い、相変わらずかなり冷めていた。女に対して少しの興味も示さず、口の中のガムとまだ遊んでいる。
あまりにもレノにしつこいその女に対して言いたいことなら山ほどあったのだが、それ以上酷いセリフを女に浴びせても後で面倒なことになるだけであろう。
ある意味、何もできない今のこの状況に「ダルい」「早く終わってほしい」という感情しかレノには無かった。
「……っ! いいわよ! そっちがその気なら私にだって考えがあるわ!」
いつの間にか勝手に女のボルテージはピークに達したらしい。さっきよりもさらにヒステリック気味になった。
夜の闇の中に、その女の右手から、どこから持ってきたのであろうか――ナイフが冷たい光を放っていた。
そこでようやく興味を示したのか、レノはガムと遊ぶのを止めた。
「ふーん……そのナイフで俺を殺すつもりなのか?」
だから女ってヤツは……レノはそのナイフを眺める。
「ふふふ……違うわ……私が死ぬのよ」
女は握っているナイフよりも、もっと冷たく、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。
「貴方が私をここで止めなかったら……私、ここで首を切って死ぬわ……そうすれば貴方の中には“罪の意識”が残るでしょ?」
「まあ、もっと本当は深い意味があるのだけどね」と女はそのままレノの出方をうかがっている。
しかしレノはそのまま動かなかった。と言うよりもどうして良いか分からず動けなかった。
さすがのレノも今回のようなケースは初めてだった。
おそらく、この女はレノが止めなければ本気で死ぬつもりだろう。
しかしレノの中で「玩具」という存在にしか過ぎないこの女に「それは止めてくれ」などというセリフだけは死んでも言いたくは無い。
そんな己のプライドが、レノの行動を邪魔していた。
と、次の瞬間
女はそのナイフで自身の首を切り裂くべく、凶器を振り上げた。
「……クソっ!」
レノはとっさにベルトから電磁ロッドを取り出し、行動に出る。
いつもでるあの電気が流れる特有の音に代わって、ナイフが弾かれた音が綺麗に響き、ナイフが弧を描いて地面に転がっていく。
「……!!」
最後の足掻きすらもレノによって阻まれた女は一気に気力が失われ、そのまま地面へへたり込んでしまった。
その目からはさっきまでの狂気に満ちた光は完全に消え去っており、今はただ明後日の方向を虚ろに眺めている。
「そんなことで死んでいたら、命がいくつあっても足りないぞ、と」
レノは今はもう味が無くなってしまったガムを路上に捨てるとそう言い残し、暗いその路地を後にした。
*
「用件は終わったのか?」
路地を抜けた先で、ルードは静かに煙草を吸っていた。
「チッ……」
さっきの件のせいで機嫌が悪くなったレノはルードを思い切り睨みつけた。
「いつからそこにいた?」
「さっきから」
「はあ? それじゃ、お前はストーカー確定だぞ、と」
「レノがそう言うのなら、そうかもな」
その言葉にさらに機嫌を損ねたレノは再び電磁ロッドを取り出し、その出力を上げた。
ロッドからはバチバチと電気特有の音が聞こえ、小さな青い電流までもが見える。
しかし、ルードはレノの文句も電磁ロッドも少しも気にならないらしい。それ以上レノの文句に付き合うことも無く、口の中に溜めた煙をはき出すと、
「俺とお前に急な任務が入った」
自身の携帯に送られた任務についてのメールをレノに見せた。
「場所はミッドガル七番街。それ以上の内容は一度神羅カンパニーに戻って主任に聞く必要があるだろう」
「……ったく 深夜からお仕事ねえ……俺達はソルジャーじゃないんだぞ、と」
もう一度舌打ちをして、レノは電磁ロッドの出力を切った。
「ところで……あまり問い詰めるつもりは無いが」
「今度はなんだ?」
「お前、また女を泣かせただろう」
――見て分かることをなぜわざわざ聞いてくるのかコイツは
レノは一瞬答えるべきかを考えたが、その後考えることすら面倒になり、仕方なく「ああ……ノエルとかいうクソ女のことか」と呟いた。
「アレは別に俺のせいじゃない。女が勝手に喚きだして、自殺しようとした。それを俺が止めたら泣き出したぞ、と」
「でもその結果は何らかの原因によって引き起こされたはずだ」
ルードの声はなぜか真剣に聞こえた。それが、ますますレノの機嫌を逆撫でしていく。
レノはまた電磁ロッドの出力をレノは上げだした。
「仕方ねーだろ……俺はもともと飽きやすい性格なんだ。 そんな俺にノエルみたいな女がいつまでもしつこいほうが悪いんだぞ、と」
レノは本当に冷めやすい。その分、女に惚れるまでの時間もまた早いのだが。
女とつきあい始めるその時は、レノもそこそこマジメな気持ちで接している。いわゆる恋人として。しかし、そんな“恋人”としてのレノは、1週間も持たない。わずか数日経つと、一気にその気持ちがクールダウン。その女に対して一切興味を持たなくなってしまう。まるで、玩具に飽きてしまうように。
それを特に直そうとは思わない。直さなかったところで、自分が何も損することは無いのだから。
何とも傲慢なその主張を聞き、今までレノを思い、付き合ってきた女達が聞いたら何を思うのであろう?、ルードはノエルなどの女達に同情したい気分になった。
もっとも、自分自身もタークスとして共に任務をこなすようになってからこのレノに散々振り回されてきているのだが。
「つーか……今のは完璧お前には関係ないんだぞ、と」
レノはまた新しいガムを取り出し、口に含んだ。少し強めのペパーミントの味が口の中に広がる。それが、ほんの僅かではあるがレノのイライラを抑えていった。
「さあな……」
レノの飽きっぽさは何も女だけに限ったことではない。その飽きっぽさゆえに現地で任務を行っている時は良いのだが、その後の後始末――いわゆるデスクワークがルード1人の作業になってしまい、なかなか進まない。
それが無くなりさえすれば“現地任務”だけでなく、“後始末”もどれだけスムーズに進むことだろう。そんなことをレノに言っても面倒なことになるだけなので口が裂けても言えない。その代わりに、
「……そろそろ神羅ビルに行った方がいいんじゃないか?」
煙草を灰皿の中に入れると神羅ビルが見える方向――つまりLoveLess通りがある方に背を向け、1人でそのまま歩き出すルード。
「おい! 俺を置いていくんじゃないぞ、と!」
さっきとは違い、まだ十分に味は残っているそのガムを道路に吐き捨てると、急いでレノもその後を追った。
LoveLess通りは今日もネオンの光で、とても鮮やかだった。
End
→あとがき