〜なんやかんやで同居人〜


 ワシが妙な経緯から十六夜湊という女と共に過ごすようになり既に半月近くが経つ。
 湊は南蛮衣装のような妙な格好をした、見た事の無い包みを抱えた女で、火の起こし方は疎か水の汲み方さえ知らなんだ。
 単なる行き倒れにしては妙な所が多過ぎるし、なかなかの器量良しではあるが何処かのお嬢様や落胤、或いは置屋から逃げて来た遊女・・・という風でもない。
 何かしら話そうという気配は時折見せるものの、彼女の身元も故郷も、何故あんな所で倒れていたのかも謎のままだ。
 忍者、元忍術学園教師という経験上、訳ありの人間というのは今まで何人も見て来たが、そう言う連中と比べてみてもどうもしっくりこない。やましい事がある人間というよりは、まるで・・・そう、家の場所をうまく説明できん迷子の子供のようだった。





 ―――怪しい女―――言ってしまえばそうなのだが、忍びとしての感と言うか経験というか、ワシにはその女に何か狙いがあるようにも思えんし、何より悪い人間には思えんかった。
 甘いと言われれば自分でもそう思う。だがワシはその女をワシの家に置いてやる事にした。
 行く当てもない女を一人放り出すのも気が引けたし、もし怪しいものであるならば逆に目の届く所に置いた方が良いと思ったからだ。



 
 
 数日様子を見てみたが湊は何か企みをするような気配もなく、むしろ積極的にワシの頼んだ家の仕事をやってくれていた。
 特に料理は、味や包丁捌きは忍術学園の食堂のおばちゃんにこそ劣るものの、なかなかのもので、始めは竃も使えんし飯も炊けんという状態だっただけに驚いた。
 たまに会う杭瀬村の村人達とも打ち解けているようで、ワシが会長を務める杭瀬村ラッキョウ協同組合の会合では、やれ「あんなべっぴんどうやって連れ込んだ」だの「いつ結婚するんだ」だの、質問だ、からかいだのと散々話のネタにされ堪らんかった。
 試しに忍術学園の名を出してみたりもしたが、「忍術を教える学校なんてあるんですか?」と興味津々にありきたりな質問をいくつかして来ただけで、場所だ施設の配置だ機密だのといった、どこかの間者であれば知りたがるであろう情報については全く触れなんだ。まあ『忍者の学校』というものに興味を持ったようではあったが、それも人並みの反応であった。
 夜も無防備で、試しに一度苦無を首筋に当ててみたが、すやすやと寝息を立てて眠っておった。どう見ても普通の女だ。いや、むしろ農民の娘らと比べると筋肉も体力も無く貧弱なくらいだ。
 それ故か未だに水汲みや力仕事はキツいらしいが、手伝ってやろうとすると頑に自分でやろうとする意地っ張りでもある。
 そのくせ、たかがアブラムシ一匹で村中に響いたんじゃないかと思うぐらいでかい叫び声を上げて怖がったり―――あれには何事かと驚かされた。
 性格がああでなければ世間知らずの箱入りのお嬢様だと言われたら納得するだろう。
 性格は―――礼儀礼節はあるが、これがまあなかなかに気が強く、良い性格をした女で、面白い・・・良い女だ。
 正体不明身元不詳の女にこんな感想を抱いてしまうとは、忍び失格・・・いや、忍びである前にワシも単なる男だったという事か。





 「朝ご飯、出来ましたよ!」

 顔を洗ってひげを剃っている所に湊が呼びに来る。

 「あ。またちょっと血が出てますよ・・・。本当にひげ剃り苦手なんですね。ほら、ここの所。後で消毒しましょう」

 懐から出した手ぬぐいでワシの顎の辺りをそっと押さえる。
 初めてひげ剃り後の出血を見た時は「どうしたんですか!?」と狼狽した様子で、ワシが「ひげ剃りが苦手だ」と言ったら「子供みたいだ」と笑いおった。
 「消毒しましょう」と薬箱なんぞ出そうとするもんだから「こんなもんで消毒なんぞ要らん」と言ったら「ダメです!ばい菌が入ったらどうするんですか!」と怒られた。
 それ以外も、やれ『酒は飲み過ぎるな身体に悪い』だの、『畑仕事から帰ったらまず先に風呂に入れ』だのと細かいと言うか、譲らん所は譲らん女で、ワシも何故かそれに逆らえん。
 食堂のおばちゃんと言い、女っちゅうのは男なんぞよりよっぽど強い生き物なのかもしれんと心底思った。





 そんな生活が当たり前になってくると、なんだか所帯でも持ったような錯覚をして、最近は湊を女として意識してしまうようになってしまった。
 おかげで夜もそわそわして寝付きが悪い。昨夜も何度、衝立て越しに湊の寝姿を覗き込んだ事か。
 衝立てを挟んでおるにしても、すぐ隣で男が寝ておるというのにこの女は身の危険だとかそういったものを何も感じんのだろうか。夜這われるかもしれんとは思わんのか。
 それだけワシを信頼してくれているという事か、はたまた男として意識されておらんのか―――前者は嬉しいところだが、後者はなんだか切ない。
 そんな事を考えていると、手ぬぐい越しに伝わる柔らかく暖かい手の感触が何となく落ち着かなくて「子供じゃあるまいし自分で出来る!」と湊の手から手ぬぐいを奪った。

 「ひげ剃り苦手だったり、そうやってすぐムキになったりする方がよっぽど子供みたいですよ?」

 「ふふふ」とおかしそうに笑いながら「お膳出来てますから早く来てくださいね」と言って湊は居間へと去って行った。
 湊の後ろ姿を見ながら「あいつは今の生活をどう思っているのだろうか」だの「ワシの事をどう思っているのだろうか」などとふと思ってしまう。
 ・・・柄にもない。





 朝飯は麦飯にイワナの塩焼き、ラッキョウの味噌漬け、山菜と葱のみそ汁だ。
 畑は数あれど、お世辞にも交易が盛んとは言えん田舎の農村で毎日よくこれだけ違う献立が作れるものだ、と湊の料理には改めて感心する。

 「言い忘れとったが今日は忍術学園に野菜を届けに行く約束をしとってな。・・・良ければお前さんも一緒に来てみるか?」

 ラッキョウの味噌漬けを頬張りながらなんとなしに言ってみる。美味い。

 「え?忍者の学校とかそんな機密機関っぽい所に正体不明身元不詳の怪しい女な私が行っても良いんですか!?」

 ・・・こういう事を自分で言ってしまう所がまた面白いと言うか、なんとも変わった女であった。

 「機密機関っちゅうても商人やら馬借やらも普通に出入りしとるし、山奥ではあるが場所を隠しとるわけでもないからな。知っとるもんは普通に知っとる。・・・まあここからそれなりに距離はあるからお前さんの足じゃ少々キツいかも知れんが」
 「ぐ・・・。どうせ体力無いですよーだ!ちゃんと自覚してますよーだ!」

 拗ねてそっぽを向いてしまった。こういう所が可愛くてついからかってしまいたくなる。

 「ダハハ!拗ねるな拗ねるな!お前は家の事も良くやってくれておると思っとる。だが、いつもいつも家事雑用ばかりではつまらんだろう。たまには気分転換もかねて村の外に出てみるのも良いかと思ってな」

 これは全くの口実というわけではないが、それ以外にもワシには少し考えがあった。
 湊を外に連れ出せば、こいつのことがもう少しわかるのではないかと思ったからだ。
 勿論、もう湊の事を疑っているわけではない。
 湊は普段は明るく振る舞ってはおるが、時折どこか遠くを見るような目で空を見上げておったり、憂うような表情で何か考え込んでおったりするのだ。
 ・・・恐らく故郷を思うておるのだろう。
 そんな湊を見ていると思うのだ。やはりこいつは帰りたい場所があるのだと。
 それならばワシは出来るなら湊を帰してやりたい。
 だが、それに関して説明出来る言葉を持たんのであろうこいつを問いただしても傷つけてしまうだけかも知れんとも思うた。
 故に外に連れ出せば・・・或いは忍術学園で学園長先生に湊の事を調べてもらうようお願い申し上げるか―――だまって身元調査のような真似をするのは気は引けるが―――すれば何か変化があるかも知れん。・・・そう思うての事であった。
 そしてそれでもし帰る事が出来ないような事情であったなら、その時はワシが湊を・・・いや、止めておこう。何を考えようとしとるんだワシは。

 「拗ねてなんていません!・・・お家の事は、置いていただいている身ですから当然だと思いますし。お掃除とかはあまり得意ではないけれど、お料理は好きだしラビちゃん達のお世話も楽しいですよ?・・・でもお出かけはしてみたいかも」

 ワシの気持ちなんぞ露にも知らんのだろう。湊は「実は初めて聞いた時から、忍者の学校ってどんななのかなって色々想像してワクワクしてたんです!」とはしゃいでいる。
 「火遁!豪火球の術ッ!」とか言いながら印を結ぶ真似事をしている湊。
 印なんぞ知っとったのか。・・・間違っとるが。
 というかワシゃ甲賀出身だがそんな火遁術聞いた事無いぞ。大体なんで遁術で印を結んどるんだ。
 色々と突っ込みたい所ではあるが湊は自分の世界に入っとるのか、ひたすら聞いた事の無い遁術をおかしな印を結びながら言ってははしゃいでおる。
 ―――まるで忍者ごっこをする子供だな。
 そんな姿に思わず口元が緩む。

 「よし!決まりだな!ではさっさと飯食って支度するぞ!」

 ワシは残りの麦飯とみそ汁を掻っ食らった。






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