〜ぷろろーぐ〜


 
 「すみませ〜ん、ここのシフトは入れないんですけど先輩変わってもらえませんかぁ?」
 「・・・先週スケジュールの申請出てないよね?変更あるなら期限までに出してくれないと・・・」
 「すいませ〜ん。学校忙しくって・・・」
 「・・・忙しくても仕事なんだからちゃんと決まりは守らないと、自分だけじゃなくて他の人やお店も困るでしょ?」
 「ごめんなさ〜い。でもどうしてもでられないんです〜!次から気をつけますからお願いします〜!」
 「・・・次からは気をつけてね。また代われるとは限らないよ?」
 「はーい!ありがとうございます〜!先輩やっぱ優しい〜!!」

 でも◯◯ちゃん、前にもあったよねこういう事。
 私さ、今週6日勤務で、今14連勤目でそこ唯一の休みなんだよ。まあ言っても関係無いかも知れないけどさ。

 

 「ここさぁ、もうちょっと削れない?最近ちょっと原価厳しいんだよね。新人の子にももうちょっと手際良くやらせてさぁ・・・。せめてこの二時間!一人減らしてよ!」
 「週2くらいしか入ってない新人の子にオペレーション状況把握しながらやれってちょっと無謀ですよ。ただでさえ今でも新人ばっかの日は教える手が足りてなくて厳しいんですから」
 「いやいや〜、そこをベテランの力量で補うのがプロでしょ!頼りにしてるんだよ十六夜〜!」
 「じゃあ店長がいる日に教えてあげてくださいよ」
 「俺はデスクもあるからオペレーションだけに構ってらんないんだよ!週末SV来るから色々チェックしなきゃだしさぁ。もうコミットメント出しちゃったし、十六夜にしか頼めないんだって!頼む!」
 「・・・もう決定事項なんじゃないですか。まあ善処はしますけどね」

 付いててやらなきゃいけない子が何人もいるのに対して監督者一人ってどういう事だよ。SVへの胡麻擂りより自分の店の実態把握しろ。
 だいたい、人件費削る削るって、それならむしろ私に休みをくれ。労働基準法違反常習者め。

 
 「みなは仕事ばっかりよね。合コン誘っても全然つれないしさ。顔は悪く無いんだからもっと遊びなよ!彼氏居ると遊び連れてってくれるしご飯奢ってくれるし、楽しいよ?」
 「別に好きで仕事ばっかなわけじゃないよ。合コンとか、知らない男と飲むくらいなら一人でゆっくりしたいし。好きでもない相手とどっか出かけるのも奢らせたりするのも面倒だしなんか癪だし」
 「ふーん・・・。なんかみなって昔から変に大人びてるけど、クールっていうか真面目っていうか、面白み欠けるよね。恋バナとか全然乗ってくれないし、つまんない。恋愛とかしないの?」
 「・・・しないと思ってしてないわけじゃないけどね。好きな人ができないだけだよ」

 ◯◯ちゃん、つまんないなら暇つぶしで呼ばないでよ。
 『恋愛したい、恋人欲しい』って、好きな相手だからその人と恋愛したくて、その人と恋人になりたくなるもんじゃないんすか?
 『男欲しい』で恋愛探しする君達のこの理論は私には永遠の謎でしかないよ。




 日々、そんなこんなで―――

 「うん。なんか、田舎へ行こう」

 某京都へ行こうのCMみたいに急に思い立った。
 思い立ったら直行便。貯めに貯めまくった有給をガッツリとって、民宿予約。
 オフシーズンだし来週という急な予約でも宿も足もなんとか確保出来た。急だから割引とかはないけど。お金貯めといて良かった。
 仕事は文句は言われたけど、今週中にやる事やって引き継ぎするって事で押し切った。
 どうせいつも良いように甘えられてるだけだし、私一人くらい居なくなったってやる気になればちゃんと回るんだから、いつもそうしてくれ。
 ―――と言うわけで、私、十六夜湊はちょっくら四泊五日で田舎行ってきます。

 
 


 「山だー!川だー!畑だー!森だー!コンビニがねぇー!」

 電車を降りてバスで約40分。
 眼前に広がるは見渡す限りの山々と、畑とか建物がない土地しかない壮大な田舎の景色。
 私史上稀に見る緑土率の高さに無意味にテンション上がって、思いついたままの感想を口にしてみた。
 ここに住んでる人達はどうやって生活してるんだろうってくらいに素晴らしい程何もない。何も無過ぎて清々しい。
 あ。これは田舎の人を侮辱してるわけでは決して無く、むしろ尊敬している。
 それに引き換え、我々現代都会人は最早こんな大自然の中で生きる術を失っているだろう。私は多分三日くらいで死んじゃう自信がある。

 「人間はコンビニなんか無くたって生きていけるんだー!情報化社会のバカヤロー!スマートフォンがなんだってんだコンチクショー!LINEとかフェイスブックとかやってなくて悪いか!?面倒くせーだろー!しゃーんなろーっ!!!」

 ・・・とりあえずだいぶ溜まっていたらしく溢れ出して来た色々を吐き出しまくってみた。いや、民宿はネット予約したから情報化社会ごめんなさいだけど。
 道端で山に向かって叫んでる私は怪しさ大爆発で、都会だったら通報されるレベルだと思う。
 自分でもなんでこんなにテンション上がってるんだろうってくらい変な人になってるな。これが大自然の力か。パワースポットとかスピリチュアル的なやつか。
 大自然に力もらって暴言吐きまくってるとか山の神様ごめんなさい。
 でも前々からちょっとやってみたかった『海のバカヤロー!』みたいな事をやって、何とも言えない開放感を得ました。ありがとう。
 さて、予約した民宿までにはまだ結構距離があるんだけど、チェックインまでにまだだいぶ時間があるし、せっかくだから宿の送迎とか呼ばずに歩いてみようと思う。
 Let's goライダーキック!

 
 

 ―――と思ってみた私が間違いでしたすみません。
 歩き始めて約二時間で後悔した。
 運動不足&建物やランドマークで方向を判断する事に慣れてしまった脆弱な都会人の私には、行けども行けども殆ど景色の変わらない大自然の中で、方向や距離の感覚を保つ事が絶望的に難しかった。
 しかも四日分の着替えなどが入ったデカいスポーツバックが肩にずっしりと重い。
 もう無理だと民宿に送迎のお願いをしてバス停に戻ろうと思ったら、なんと我がガラケーは圏外じゃあーりませんか。某犬のお父さんの会社のじゃないのに・・・。

 「どうするアイ◯ル〜」

 とかなんとかお約束のボケをかましているバヤイでは無い。
 バス停に戻れば、最悪何時間に一本レベルでもバスが来るはず。運転手さんに事情話して電波通じる所まで行くなりなんなりしよう。
 もしかしたらバス停からなら電話も通じるかも知れないし。
 そう思って来た道をとぼとぼと戻り始めて―――
 暫く経つも、なんだか景色に見覚えが無い気がする。
 つい先ほどまであったバスの為だけのような車道は完全に未舗装で土むき出しの地面。そこにはいくらかでも車が通るなら必ずあるであろう轍すら全くない。
 周囲は畑も見えなくなり、木が多くなって来て、既に林と言うか森と言うか状態。

 (こりゃいくらなんでもまずい。絶対どんどん人里から遠ざかってる)

 コンクリートジャングル育ちで鈍った生存本能が、それでも弱々しい警笛を鳴らす。
 何時間歩いたのか。もう随分日が傾いて来ている。

 (チェックイン時間過ぎたなこれは・・・。晩ご飯は抜きかも・・・。私の温泉が、露天風呂が。大自然の中でまったりリフレッシュ計画が・・・)

 足に出来た豆が潰れかけているようで、ぺろぺろと肉から皮膚が浮いているような違和感がある。

 「もうだめ・・・私死ぬ」

 三日どころか一日保たなかった。
 もうどのくらい歩いたのか。惰性で足を動かし続ける事にも限界が来たようだ。

 「旅先で遭難死とか不運過ぎる・・・。神よ私が何をしたというのでござる・・・」

 最後の力を振り絞って恨み節。
 そして不肖私はその短い生涯を閉じたのだった―――

 

 
 「閉じとらんぞー!」

 なんか無駄にうるさいダミ声が聞こえると思い、ありがとうパトラッシュよろしくの心境から目覚めたら、目の前には天使様じゃなくて、手とか土だらけでネギとか大根とか抱えたお兄さん―――微妙におじさん?いや兄貴って感じだな―――が居た。
 先程まで死ぬかもとか思っていた筈なのに、兄さんぼちぼちイケメンだな、とか考えてしまう私はなんて現金なのだろう。

 「お前さん行き倒れか?さっきから倒れながらぶちぶち言っとったがここはワシの家の畑だぞ?」

 畑・・・?周囲には木々しか見当たらんが距離があるのかな?

 「お前さんどっから来たんだ?見慣れん格好だが、行く当てが無いのであれば少しの間で良ければワシの家に来るか?もちろんその分仕事はしてもらうがな!」

 ガハハと豪快に笑い、あまりに一方的に喋る元気過ぎる兄さんを横目に、ふいにした温泉リフレッシュはどうしようとか、寧ろ此処はどこなの?とか、いやむしろワイルドイケメン兄さんと一つ屋根のした数日過ごせるはラッキーなの?とか、悶々と考え続けている私でござった。


 
 
 かくして私、十六夜湊は当初の予定とはかなり異なった奇妙な田舎リフレッシュライフを送ることとなったのであった。







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