晴れのち不運は嵐の予感?狂瀾怒濤のキノコ狩り!


 豊かな緑と険しい岩場。清らかな水をたたえる澄んだ川辺。
 しとどに流れ落ちる瀑布は滝壺や所々の隆起した岩々に当たり、飛び散る飛沫がキラキラと光を反射し輝いている。
 人里離れた渓流。それが今、僕達が居る場所だった。




 
 「大量大量!こりゃ大儲け間違いにゃしッスね!あひゃあひゃ!」

 目を銭にしながら怪しい笑い声をあげるのはきり丸。
 僕達の袋―――採取ポーチにはキノコやハチミツ、鉱石などが満杯に詰まっていた。

 「流石きり丸!採取ポイントを見つけるのと採取の手際で右に出るものはいないね!もう持ちきれないよ〜!」

 同じく満杯のポーチを満足そうにぽんぽんと叩きながら満面の笑みの湊。
 僕の心配をよそに採集くえすとは特に問題なく・・・というかとても順調に進んでいた。
 僕も途中でガーグァとかいう鳥のフンを三回程踏んづけたり、大きな虫に変な液を吹きかけられたり、僕のポーチのマタタビを狙った野生の猫達―――メラルーというらしい―――に追い回されてもみくしゃにされポーチの中身をぶちまけてしまったくらいで、不運らしい不運に見舞われる事も無く、後は拠点に帰って採取したものを納品するだけだった。





 「なんかお天気が悪くなりそうだから早く戻った方が良いね」

 湊の言葉に空を見上げるといつの間にか上空の雲の動きが随分と早くなっていて、どんよりとした灰色の雲がすぐそこまで近づいて来ていた。
 さっきまで良く晴れていたのに。
 急な天候の変化に、僕の脳裏に留三郎と文次郎が仲良く手を取り合っている姿が浮かぶ。
 
 「うん、そうだね。さっきまで晴れてたのに・・・随分天候が不安定にゃんだね」
 「うーん・・・。いつもはそんな事無いんだけどね。今頃留三郎と文次郎が仲良く肩組んでたりしてね?」

 僕と同じような事を考えていた湊に思わず笑ってしまう。
 しかし・・・冗談は置いておいて何だか凄く嫌な予感がする。
 今日の僕・・・元い、僕と湊は、僕らにしてはあまりに平和に事が進み過ぎている。
 この辺りで何か大きな落とし穴があるのではないだろうかと、つい不吉な考えが頭を過る。

 (悪い事ばかり考えるな善法寺伊作!留三郎がいつも言ってるじゃないか。不運だって気の持ちようで変えられるって)

 僕は自分に言い聞かせるように留三郎の言葉を反芻する。
 うん。大丈夫。きっと今日は僕は幸運・・・―――





 ゴロゴロゴロ・・・。
 そう遠く無い空で雷が唸るような音を立てたと思った瞬間―――
 大粒の雫―――いや、結晶が叩き付けるように僕らの頭上に降り注いだ。
 
 「うわッ!もう降って来た!・・・って、これ雹だよ!?」
 「にゃんで渓流に雹が・・・!ああッ!折角採った厳選キノコが濡れちゃうッ!?先輩達!急ぎましょうッ!」
 「待って二人とも!・・・ってあれは・・・にゃに?」




 薄墨を流したような上空の雲間を縫うように、鈍く輝くような灰色が飛んでいる。
 鳥・・・にしては大きい。僕たちが乗って来たようなこの世界の乗り物だろうか?
 それはゆっくりと高度を下げ、次第にその姿を少しずつ現していく。



 ―――なんだこれは。あまりに浮世離れした神々しくさえあるその光景に、僕は『ソレ』が僕達の前に悠然と姿を現すのをただ唖然と見ていた。



 ゆうに七尺以上はある大きな硬質の翼。垂れ下がった長い尾。虎や獅子より二回りは大きい胴には外皮と一体化するかのように浮き出た骨筋と、突き出た鋭利な刃のような棘。太く逞しい四肢には大木すら容易くなぎ倒してしまいそうな鋭い爪。
 そしてその全てがまるで鋼で出来た骨か、使い込まれた鎧のような質感をしていた。
 これが・・・龍?―――
 
 「く、くくくく・・・」
 「あわわわわ・・・」
 
 湊ときり丸はその龍を認めるなり、文字通り顔面蒼白となり、ふわりと鼻から魂が出て行ってしまう。

 「わわわッ!ふ、二人ともしっかりして!」

 僕が慌てて二人の魂を捕まえ体に戻すと、湊ときり丸はそれとほぼ同時に叫んだ。

 「「クシャルダオラだぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」」 
 「へ?」

 二人の指差す先は僕の後ろ。恐る恐る振り向くと、ぶわっと激しい風圧と共に地上へと降り立った龍―――クシャルダオラと目が合った。一丈程は離れているはずなのに、すぐ目の前にいるかのような威圧感。僕は思わず息をのむ。
 
 (―――逃げなきゃ!)

 そう思うも身体が硬直して思うように動かない。




 『グギャウォォォォォォーーーーーーーーーーーーゥンッ!!!!!』

 クシャルダオラは前足を大きく、嘶く馬のように挙げると天を仰ぎ咆哮をあげた。大気全体をビリビリと震わすような轟音が耳を劈く。
 まるですぐ近くに雷でも落ちたような衝撃と音に耳を塞ぐが、次いで巻き起こった嵐のような突風に僕は体勢を崩し尻餅をついてしまう。

 「伊作!逃げなきゃッ!こいつ本気でヤバいヤツだよッ!!」
 「あわわわ、にゃ、にゃんで渓流にクシャルダオラがッ!?」

 恐慌状態に陥り右往左往走り回るきり丸。湊は背負った身の丈程の太刀を抜き、下段気味に構えると僕を庇うように僕の前に躍り出る。

 「私が引きつけるから伊作はきり丸を連れてキャンプに向かって走ってッ!」
 「そんにゃッ!湊!君は!?」
 「二人が抜けたらすぐに離脱するから早くッ!!」
 「で、でも・・・!」
 「良いからッ!敵わない敵相手に戦ってどうするの!忍びは生きてこそでしょ!」

 どしんどしん、と重く鈍い音を立て、ゆっくりとこちらに近づいてくるクシャルダオラ。
 その身体は荒ぶる黒い風を纏い、その縦横無尽に吹き付ける風は煽られそうになるかと思えば、身体を地面に押しつぶされそうにもなる。
 どういう原理なのかは全くわからないが、僕と湊で・・・ましてきり丸を連れてどうこう出来るような相手では到底無い事は明らかだった。

 『・・・三数えたら私が飛び込んで注意を引くから、その間にきり丸を連れて逃げて。もし怪我しちゃっても若干なら野良アイルー達がキャンプまで運んでくれるから大丈夫だから』

 湊はクシャルダオラから視線を外す事無く矢羽根で言うと、小声でカウントを始めた。

 『一』
 
 納得は行かないが、後ろでわたわたとしているきり丸をこのまま危険に曝すわけにはいかない。
 僕は同じく矢羽根で『わかった。けど、きり丸をキャンプに届けて、湊が帰って来ないようなら戻ってくるからね』と、告げると、後方へと飛び下がり、きり丸を抱きかかえた。

 (湊、僕達の間の矢羽根を生まれ変わってもまだ覚えててくれたんだね)

 じわりと胸の奥が嬉しさと懐かしさで滲むけれど、感慨に浸るのは後だ。
 
 「ぜ、善法寺伊作先輩・・・十六夜湊先輩は・・・?」
 「大丈夫。僕達は、湊は忍術学園の六年生にゃんだから。大丈夫だよ」

 僕の腕の中で震えながら問うきり丸に、僕は安心させるように穏やかな笑顔で言った。
 下唇を噛むように涙を飲み込みながら「んっ」っと頷くきり丸。・・・この子は本当に強い子だ。

 『ニ』

 「きり丸、しっかりつかまってるんだよ!」
 「は、はい!」

 僕はいつでも走り出せるようにきり丸を背負い、体勢を整える。まだ風圧は感じるが、この位置まで下がればあの黒い風の影響はうけないようだ。

 『三!』

 今だ!正眼に持ち替えた構えから、湊がクシャルダオラに飛びかかった。
 それを横目に僕はきり丸を背にかかえ全速力で地を駆ける。
 が・・・戦闘エリアを抜ける寸前、後方の茂みの中から突如、大きな牙を持った猪がもの凄い勢いで突進して来た。

 「ドスファンゴッ!」

 きり丸が叫ぶ。
 寸での所で突進は躱したが、五、六尺はあるその大猪に退路を断たれる形になってしまった。
 他の道を通ってこのエリアを抜けるにはどれも、せっかく湊が注意を引いてくれているクシャルダオラの横なり後ろなりを抜けなければならない。

 (これは・・・どうする!?考えろ伊作ッ!)

 湊の方もこちらに気がついてはいるが、クシャルダオラの攻撃の当たらないように相手の気だけ引くので限界なようで、とてもこちらのフォローが出来る状態ではない。
 僕も、きり丸を背負ったままでは・・・。
 大猪が血走った目で僕達を睨みつけて鼻息を荒くする。
 このままでは―――






 「伊作!湊!きり丸ッ!」
 「間に合ったにゃ!ギンギーン!」
 「もそ・・・無事か。良かった・・・」

 ―――その時、切り立った岩の上から現れたのは、留三郎、文次郎、長次の三人だった。






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