〜保健委員と秘密と秘密〜


 「湊、お前、医務室で足を手当てしてもらって来い」
 
 正門をくぐると大木さんはそう言うと小松田さんに私を医務室まで連れて行ってくれるように言った。
 気使わせたら悪いと思って気付かれないようにと気をつけてたつもりだったのだけど、バレバレだったらしい。

 「あ、でも別にそんな凄い痛いってわけでもないし・・・」
 「良いから!帰りも歩くんだぞ!ちゃんと手当てしてもらっておけ!」

 あんまりご迷惑かけてはいけないという思いと、先程の小松田さんの謎のプレッシャーの件もあり、忍者の学校の医務室使わせてもらうとかちょっと怖いのとで気が引ける。

 「え〜!?湊さん、お怪我されてるんですかぁ!?それはいけませんッ!」

 大木さんに『はい』とか『いいえ』とか答えるより前に、見た目に似合わぬ力強さでぐいぐいと小松田さんが私を引っ張った。

 「え。だから大丈夫ですって・・・」
 「ワシは学園長先生にご挨拶に伺ってくるから、その間にちゃんと手当てしもらっとくんだぞー!」
 「医務室はこちらで〜す」
 「いや、だから手当てする程のものじゃ・・・」

 この時代では人の話は聞かないスタイルがスタンダードなのでしょうか。
 そんな事を思いながら小松田さんに引きずられながら遠ざかって行く大木さんの背中を見送る私なのでした。



 医務室。

 「事務の小松田秀作でぇ〜す!失礼致しまぁ〜す!」

 相変わらずのぽえぽえボイスで丁寧に入室の断りを入れてから襖を引く。
 私はと言うと、この手の人の話聞かない系の方々に逆らっても無駄、という事がわかったので途中より引きずられるのを止め、自分の足で歩いて来た。
 ・・・正直、引きずられてると足袋が引っ張られて親指と人差し指の間に食い込んで逆に痛かったし。

 「小松田さん?どうかしましたか?」

 医務室に居たのは深緑色の忍び装束を着た少年・・・青年・・・うーん、小松田さんと同じくらいのお兄ちゃんだった。
 ネコ目っぽい感じで少し明るめの髪色。私的な基準だと美少年だと思う。

 (この子が医務室の先生なのかな?それにしちゃ若いなぁと思うけれど、小松田さんも生徒じゃなくて事務の人だって言うしなぁ・・・。)

 「あれ?小松田さん、そちらの方は?」

 ネコ目美少年は私の姿を認めると不思議そうな顔で首を傾げると小松田さんを見た。さっきの小松田さんと似たような反応だ。またもや可愛い。
 忍者ってあざとい感じがスタンダードなのでしょうか・・・。

 「患者さん。十六夜湊さんって仰って、大木先生のお嫁さん」

 ぶふぅッ。小松田さんの不意打ちの会心の一撃に、口の中何もないのに思わず吹き出しそうになった。

 「違いますってば!」

 これ以上誤解と曲解の伝言ゲームをされてなるものかと全力で否定する。

 「ああ、ご結婚はまだなんですっけ〜」
 「まだも何もそう言う関係じゃないですってば!」

 小松田さんはやはり人の話を聞かない人のようだ。どうしてくれようこのぽえぽえは・・・。

 「医務室ではお静かに!ともかく・・・大木先生のお知り合い、って事で良いのかな。患者さんってことはどこかお怪我をなさってるんですよね?足・・・かな?」

 終わらない漫才みたいになりかけた所、ネコ目美少年に怒られてしまった。
 彼の前では医務室に入る二、三歩しか歩いてないのに何故わかったのだろう。
 これも忍者の観察眼というヤツなのだろうか?だとしたらこの小松田さんもこのぽえぽえ加減は相手を油断させる為の演技だったりするのだろうか。・・・忍者怖いな。
 かくいう小松田さんは「それじゃあ僕は事務の仕事があるので後はお願いしまぁ〜す」と早々に退室されてしまった。
 見知らぬ忍者と忍者の学校で二人きり・・・。完全にアウェーな空気だ。




 「すみません。十六夜湊と申します。大木さんの家で家事手伝いをさせていただいてます。よろしくお願いします」

 若干ビビる私。頭を下げて出来るだけ丁寧かつ謙虚な態度で自己紹介させていただく。小心者というなかれ。とりあえずは誰にでも礼儀正しくしといて損する事は何もない。

 「御丁寧にありがとうございます。僕は善法寺伊作と言います。忍術学園で保健委員長を勤めさせていただいてます」

 保健委員・・・。委員会なんてあるのか。なんか益々戦国時代っぽく無い。
 委員会の人っていう事はこの子は生徒さんなのだろう。

 「ええと、それより傷を見ましょうか。ここに座ってこちらに足を乗せてください」
 「お手数おかけして申し訳ありません。ではお願いします」

 ネコ目美少年改め、善法寺くん促されるままに蓆に座り、足袋を脱いで箱枕みたいなものに足を乗せる。
 足を挙げると小袖の裾が少しがめくれて恥ずかしい。初対面の美少年に生足見られた上に手当てしてもらうとか一種の羞恥プレイかもしれない。
 ・・・いや、ショタコンの気はないつもりなのだけど、自分より背も高くて体格も良いくらいの年頃の子だと、やっぱり恥ずかしい。顔近いし。

 「あー・・・鼻緒が擦れて皮が剥けちゃってますね。消毒と化膿止めのお薬を塗っておきます。出来ればあまり無理に歩かない方が良いと思いますが・・・十六夜さんは杭瀬村からいらっしゃったんですか?」
 「はい、そうです。大木さんの御宅に御厄介になっているので・・・」

 確かに現代では滅多に歩かないだろうくらいの距離だったが、靴だったらもう少し大丈夫だったと思う。
 普段サンダルとか履かないし、鼻緒というヤツに全く耐性のなかった私。
 大木さんの家で働くようになって『その格好じゃ動きにくいし目立つだろう』と小袖と草履をいただいたのだが、申し訳ないが逆に動きづらい。
 それでも大木さんの家での仕事に支障を来す程ではなかったし、確かに来た時のままの格好で居たら、たまにいらっしゃる杭瀬村の方々に不審人物に思われたに違いない。
 そんな感じで、この時代の格好にももうだいぶ慣れてきたと思っていたのだが、やはり合わない履物で長距離歩くのは無理があったようだ。
 小学校の遠足の時の『履き慣れた靴と歩き易い格好で』って言う指定は大事な事だったんだなって今更ながらに実感した。
 
 「え!?大木先生と御一緒に暮らしてらっしゃるんですか!?」
 「え。ええ、そう・・・ですね。居候みたいなものですけど・・・」

 私の言葉に驚き善法寺くんの手が止まり、視線が足から私の顔へ移される。
 ですよね。やっぱり成人男女がそういう仲でもないのに一つ屋根の下ってのはあまりしないよね。
 何か想像してしまったのか、少し頬を染める善法寺くん。うん。健全な思春期かな。


 今更だけど、大木さんはどういうつもりで私をここへ連れて来たんだろうか。
 忍者の学校なるものを見られるという事と、大木さんとお出かけ出来ると言う事にすっかり舞い上がって忘れていたけれど、私は本来ここにいるのは不自然な人間。
 生活範囲を少しでも広げるという事はそれだけ新たに人と出会うという事だ。
 それは則ち私の事、大木さんとの事を聞かれる機会が絶対的に増えるという事。
 私は私の事を彼らに説明する事は出来ないし、それが出来ない以上、大木さんとの私の関係もまた説明出来ないのだ。
 下手な嘘をつけば私だけでなく大木さんの立場も悪くなるかも知れない。
 その辺りの所を、大木さんがわかっていないとは思えない。あの人はがさつで大雑把だけれども、鋭く、賢い人だ。
 まだ半月程の付き合いだけれど、それは多分そう間違いではないと思う。
 そう考えると・・・恐らく大木さんは何か目的があって私をここへ連れて来たのではないだろうか。
 大木さんは私にとても良くしてくれている。あれは演技ではないと思う・・・そう思いたい。私も大木さんを信頼している。

 (だから悪い方向へは考えたく無いけれど・・・。)



 
 「あの、先程の小松田さんって方も善法寺さんも大木先生ってお呼びになってらっしゃいますけど、 どうして先生なんですか?」
 「え?十六夜さんはご存じないんですか?」

 善法寺くんは意外だというように目を大きく見開いた。
 その答えはもう何となく予想はついているのだけれど、ちゃんと聞いておいた方が良いと思う。

 「ええと・・・大木先生が話してないのなら、僕が話していいのかどうか・・・」

 視線を落とし、申し訳なさそうな表情の善法寺くん。
 まあそうだろう。多分小松田さんあたりに聞いたらあっさり答えてくれたんだろうなと、己の人選ミスに少し後悔する。

 (つまりあれだ。何で農家なんてやってるのかは知らないけど、大木さんはここの先生で忍者って事なんだろうな。)

 何となく合点が言ったような気もする。けれど―――
 私はそれを黙ってこの忍術学園へと連れて来られた事に、不安よりもなんだか寂しさを感じた。








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