猫かぶりと初恋キラー〜後編


 次の日、生まれて初めて学校を休んだ。
 学校へ行きたくなくて、『熱っぽくてお腹が痛い』と言ったのだが、熱を測ったら本当に熱があった。
 両親は凄く心配して、「病院へ連れて行こうか」とか相談していたが、誰にも会いたくなかったので「大丈夫。多分寝てれば治るから」と半ば無理矢理仕事へと送り出した。

 (土井先生、悲しそうな顔してたな・・・。・・・って、何で私が申し訳なく思わなきゃいけないのよ。叩かれたのは私なのに)

 ベッドに仰向けになり、天井を仰ぎながらそう思い、昨日の事を思い出す。
 何故私はあんなに苛々したのだろうか。何故あからさまに先生を避けるような態度をとってしまったのだろうか。
 土井先生に叩かれた左頬に触れる。

 (親にも叩かれた事なんて無いのに・・・)
 




 『ピンポーン』
 ぼーっと物思いに浸っていた私はインターホンの音で我に返った。
 時計を見ると一時を少し回った所。朝ご飯もお昼ご飯も食べ損ねてしまった。

 「誰だろうこんな時間に・・・」

 宅配など思い当たる伏も無く、新聞とか何かのセールスとかだろうと無視を決め込もうとしたのだが―――
 『ピンポーン』
 少し間が空いて、行ったかと思ったらまた鳴った。
 誰もいませんよ。とっとと帰れ。
 しかし、私の思いとは裏腹に、また少し間が空いて『ピンポーン』と鳴らされる。
 ピンポンピンポン連打しないだけまだマシだけど、随分としつこい営業さんだ。
 これは出てはっきり断って追い返した方が早いかも知れない。
 ドアホンに出るのも面倒くさい。
 ドカドカと苛立をフローリングの床に叩き付けるように廊下を抜け、半分八つ当たりだが思いっきり断ってやろうと思い、私は勢い良く玄関のドアを開けた。



 「新聞、宗教、その他各種勧誘、訪問販売の類いは一切お断りします!!!」
 
 蹴破らんばかりの勢いで開けたドアの先には―――

 「・・・えーっと・・・十六夜?」

 土井半助先生その人が茫然と立ち尽くしていた。








 「粗茶ですが」
 「すまないな」

 日当りの良いリビングダイニングで、土井先生は私の出したお茶を申し訳なさそうにすする。
 玄関先であれやこれやと話し込んで、ご近所の噂大好きのおば樣方に『両親の留守中、学校休んだ女子高生の所に若い男が訊ねて来た』などとある事無い事おかしな噂を立てられても困る。
 辺りに人の居ない事を確認すると、玄関前に所在無さげに立ち尽くしていた土井先生を即座に家の中へと引き入れた。
 まあ引き入れてしまったからには先生だし、お客様だし、お茶の一つもお出しするのが礼儀礼節、人の道というものである。

 「突然訊ねて来られても困ります。先生は先生に見えないんだから、ご近所で変な噂でも立てられたら堪ったもんじゃないです」
 「すまん・・・。先生に見えないかな?」
 「見えませんよ。若いし、顔も良いし」
 「ははは。それは誉められてるのかな?」

 困ってるんだか傷付いたんだか、後頭部に手を置いて苦笑いを浮かべる土井先生。
 先生はお茶を一口すすると不意に静かになった。そういうの居心地悪いから止めて欲しい。





 「先生、学校は?」
 「ああ。今日はどの学年も科学は午前中だけだったから、抜けて来たんだ。勿論許可はいただいてるよ?」
 「ふーん。で、先生が勤務中に学校抜けてまで、一体何しに来たんですか?」
 「その・・・、十六夜は素は随分性格キツいんだな。てっきり大人しくて控えめな子だと思ってたよ」
 「・・・余計なお世話です。別にネコ被ってるわけじゃない。別段しゃしゃってまで他人に主張したい事も無いし、興味も無いし、人との摩擦とか余計な面倒事が嫌いなだけ」
 「そう・・・なのか。先生は・・・昨日の事謝りたくて・・・。叩いたりしてしまって、すまなかった」

 昨日めちゃくちゃ皮肉って罵倒してしまった手前、今更取り繕っても仕方が無いだろう。
 散々苛々させられて横っ面まで引っ叩かれたんだ、若干失礼だろうが突っ慳貪だろうが構うものかと私は開き直っていた。
 ぞんざいに放たれた私の言葉に、土井先生は不快感を表す事も無く丁寧に頭を下げた。やっぱり苛々する。

 「別に。私が先生に失礼な事言ったわけだし。別に心配なんかしなくても叩かれた事、誰かに言いつけたりしませんよ」
 「そう言う事を心配しているわけじゃない!本当に悪かったと思ったから・・・!・・・だから謝っているんだ。・・・それと、学校休んだ事無いのに今日来なかったから、電話しても誰も出ないし。それで心配になって・・・何かあったのかと」
 「あぁ。あの人達、学校に連絡入れ忘れたのか・・・」

 あの人達と言うのは両親の事。いつも忙しくて私の事もほぼ完全にノータッチなのでそれくらい忘れても不思議ではない。むしろ学校の電話番号知ってるかすら怪しい。

 「それはご心配おかけしてすみませんでした。・・・でも何かって?自殺でもすると思いました?御心配なく。そんな、先生にご面倒かけるような事はしませんよ。生徒の自殺なんて、少なからず先生の責任問題ですもんね」

 うちの学校は私立の進学校。そういうスキャンダラスな事は学校の評判に影響するし、私立では国公立程職員は優遇されない。隠蔽体質の国公立と違って評判と実績が重んじられる私立校の教職員は、学校に不利益と判断されれば解雇処分される事だってある。
 この人だって自分の身は可愛いだろう。
 
 「先生だってやっと新任教師のレッテルも剥がれて来て大事な時でしょ。余計な問題事抱え込みたく無いなら今まで通りあまり構わないで下さい。そしたら私も今まで通り平穏な高校生活を送れる。教師は勉強教えてりゃ良い。どうせそれ以外の関わりなんて上辺取り繕う為の儀礼みたいなもんでしかないんだから」
 「・・・私の事をずっとそんな風に思ってたのか?」
 「ええ。別に土井先生に限った事じゃなく他の人間もですよ。クラスメイトも他の先生も大人も親も。・・・現に先生、気付かなかったじゃないですか。誰も気付かなかったじゃないですか。人間の人間を見る目なんてその程度って事でしょ?皆上辺しか見てない。中身なんて見えない。良い子だとか悪い子だとかなんて、自分にとって都合の良い人間を都合よく解釈して良い子って思い込んでるだけ。ただそれだけだ。違いますか?」

 嘲るように淡々と喋る私に、黙り込んでいる土井先生。
 昨日と同じような展開になりそうだなと思いながらも、またも胸の奥の方から言い知れぬ苛々がこみ上げて来る。
 
 (ああもう・・・面倒くさい)

 もう壊れるなら壊してしまえば良い。壊れて崩れて醜く曝して、それで『面倒くさいガキだ』と遠ざけてくれるならいっそ有り難い。
 『可愛く無いガキ』だとハブったり、虐めを促したり、私に対して教員の最低限の責任すら果たさなくなるようなら理事にでも教育委員会にでも何でも訴えてやる。
 最悪、勉強なんか学校でなくたって出来る。数字に残る結果だけ残せれば、殆どの人間がそれで判断するんだから。

 「怒りますか?子供のくせにわかったような事言って、とか、人を見下して・・・とか」

 私は俯いたままの土井先生に、わざと挑発めいた態度をとってみせる。
 文章にしたら語尾に『(笑)』とか付きそうなクソムカツク感じだ。
 これで、この人の『優しい先生』ぶりが化けの皮なら剥がれるだろうし、『夢見るお兄さん』なだけなら現実を知るだろう。
 先生の肩が小さく震えている。ほらやっぱりね・・・。

 「良い子だと思ってたのに裏切られて悔しいですよね?残念でした。私は悪い子でした。狡い子でした。汚い子でした。全部嘘っぱちでした。お芝居でした。期待はずれだったね。優しくして損したね。ほら怒鳴れば?叩けば?昨日みたいにさぁ?」







 「う・・・うぅッ・・・」
 静まり返った部屋の中、聞こえ始めたのは小さな嗚咽だった。
 土井先生は肩を震わせて片手で顔を覆うようにして――――泣いていた。

 「は?な、何・・・泣いてんのよ。・・・可哀想な自分に酔ってんのかよ!」
 「・・・ま・・・ない・・・」

 予想だにしなかった展開に戸惑いながらも、意地も手伝って引っ込みの付かない私は口汚く土井先生に噛み付く。
 そんな私に、嗚咽まじりの聞き取りにくい声で、しかし確かに土井先生は言った。
 ―――すまない、と―――

 「す・・・ま、ない・・・。すまな・・・い・・・。十六夜が、こんなにも苦しんでいるのに・・・気付かずに・・・私はいたずらにお前の心を傷つけて・・・しまった・・・。私は・・・、教師失格だ・・・」

 


 
 なにこれ。なんなの。何でこの人泣いてるの。謝ってんの。苦しんでる?傷つけた?何言ってんの意味わかんない。
 私はちゃんと私が欲しい評価を得てるしそれで納得してる。何を代償に何を得るのかを効率よく選んでる。
 親だって親戚だって成績優秀でしっかりした聞き分けの良い自慢の良い子だって言ってる。大切にされてる。
 ご近所さんからだって同級生達からだって、しっかりしてるとか優しいとか、良い子だとかだとか、頭良いのに偉ぶらないとか、そんな風にしか言われた事無い。
 そういう風にして来たのに。
 何でそんな可哀想な子みたいな言い方されなきゃいけないの。
 何だかお腹の奥が、胸の奥が、凄く―――キモチワルイ




 「な・・・何勝手な事言ってんの!?この期に及んでまだ生徒を気遣う優しい先生ごっこかよ!馬鹿じゃないの?うざいよ。キモイよ。私は好きでやってんの!馬鹿共を上手く利用して自分が評価されるように立ち回ってんの!わかったような事言わないでよ!」

 カタリと先生が椅子から立ち上がる、その音に反射的にビクっとしてしまう。
 透明な涙で潤んだ瞳が真っ直ぐに私をとらえると、もやもやとした心地の悪さに駆られた。
 悲痛な、だけど強く私を射抜くような視線に、私は目を逸らしたいけど逸らす事が出来ない。

 「・・・十六夜、先生は十六夜が良い子じゃなくてもがっかりしたりしないよ」
 「・・・なにそれ。同情してんの?自己満足もいい加減にしろよ的外れなんだよ私は好きで―――」
 「十六夜」
 
 そんな目で見られたく無い。そんな同情するような目で私を見るな。
 
 「十六夜」

 先生の手が私に伸ばされる。

 (ぶたれる―――!)

 身構えた私に訪れたのは痛みではなくて軽い圧迫感と暖かさだった。
 私は自分の置かれている状況を理解するまでに数秒を要した。
 私は土井先生に抱きしめられている。大きな腕が私を優しく抱き、片方の手が静かに頭をひと撫でした。

 「怖がらなくて良い。私はたとえ十六夜が生意気なクソガキでも、猫被った狡いヤツだろうが、面倒ばかりかける問題児だったとしても十六夜を否定したりしない。勉強がわからなかったらわかるまで何度でも教える。友達と喧嘩したり、御両親と上手くいかなかったり、悩み事があったら、相談してくれたら解決するまで一緒に考える。もしもものすごく傷付いたら、また歩めるようになるまで側に居る。・・・だから十六夜は本当の十六夜のままで良いんだよ。良い子になろうとしなくて良い。無理に心を閉ざさなくていいんだ」

 土井先生は私の頭をその胸の中に軽く押し付けながら、まだ涙声の、だけど静かで優しい声色で言葉を紡ぐ。 
 不意の出来事。思考速度が落ちている頭。
 その中でどこか他人事のような冷静な自分が私と土井先生をじっと見ている。普段の私の理性の方はまだ追いついて来ない。

 (少し呼吸しづらいけど、人の腕の中ってこんなに暖かいんだ。そういえば親にもこんな風に抱きしめられたこと無いな)

 「十六夜をこんなに傷つけて、教え子に手まで挙げてしまって・・・それでこんなことを言うのは勝手だけれど・・・私は十六夜が本音をぶつけてくれてとても嬉しいと思っているんだ」

 耳元で囁くように発されるいつもより少し低い土井先生の声は、鼓膜を震わす振動が胸の奥の方まで響いて来るようで心地良い。
 先生の痛んだ髪がごわごわと頬に当たっている。
 少しだけ早い心音が、私の心臓も同調させるように伝わって来る。

 「私は生徒の気持ち一つ満足に理解してやる事も、上手く開かせてやる事も出来ない、経験不足の若輩教師だ。・・・だけど、十六夜の力になりたい。これは私の自己満足だ。それでも私は、十六夜の本当の笑顔を見たい」
 「・・・何それ。くさい告白みたいじゃん」

 やっと追いついて来た私が可愛げの無い悪態をつく。
 でもやっぱりまだ働きが鈍いのか先程までの棘は無い。

 「ははは。そうだな。告白みたいだな・・・」
 「・・・早く離れてください。両親の留守中に教え子の家で教え子包容してるとか、叩くよりまずいですよ」

 憮然と呟く私に、慌てて「す、すまん!つい・・・」と私を解放する土井先生。
 顔が真っ赤で目が色んな所に忙しなく泳いでいる。

 「自分からやっといて何きょどってんですか。乙女の柔肌に勝手に触れといて何で先生の方が照れてんですか」
 「や・・・柔肌・・・ッ!す、すまん!本当にすまん!これはだな、別に私は疾しい感情があったわけではなくその―――」
 「えいッ!」

 べっちーん。
 何だか可愛らしい音を立てて私の右ビンタが土井先生の頬をとらえる。
 土井先生は鳩が豆鉄砲、みたいな顔をしている。

 「お返しです。昨日の」
 「・・・十六夜?」
 「これで昨日今日の事はチャラって事で」
 「え?な、何を・・・」
 「先生、学校抜けて来てるんでしょ?もう戻らないとまずいでしょ」

 担当の授業が午前中しかなかったのだとしても、教員は暇じゃない。放課後までには戻らなければまずい筈だ。

 「あ・・・!本当だ!す、すまん!先生は帰るが、明日は来れそうか?・・・あ、いや、別に無理して来なくても良いんだ!ただその・・・」

 何を一人であたふたしているのだかこの人は。
 泣いたり、真っ赤になったり、何だかこの人相手に色々苛々していたのがバカバカしい気になって来た。

 「ちゃんと行きますよ。因みに言っときますけど今日、別にずる休みじゃないですから。熱あったので。」
 「え!?熱があるのか?それなら寝てなくちゃ!すまん、休んでいる所を邪魔してしまって・・・。無理はするなよ?ちゃんと治してから元気に登校してくれれば良いから!」
 「先生謝り過ぎ。すまんって今日何回聞いたか」
 「え?そ、そうかな?すまん」
 「ほらまた」
 「あ・・・」
 「もう良いから、さっさと行ってください。熱引いたらちゃんと登校するんで」

 玄関まで先生を追いやるように見送りながら交わされる会話。
 私の態度は相変わらず突っ慳貪ではあるが、土井先生に対して抱いていた気持ち悪さや苛々は不思議と消え失せていた。
 むしろ、この感情豊かな先生に色々突っかかるのはなんだか少し楽しいかもしれない。

 「ああ。その・・・今日言った事、少しで良いから覚えておいて欲しい。私はいつでも十六夜の事を待ってるから」

 言いながら先生が玄関のドアを開けると午後の日差しが差し込み、私は一瞬眩しさに目を瞑る。先生それじゃあ本当に告白だよ。
 
 「それじゃあ、邪魔して悪かったな。また、学校で」
 「・・・ええ。また学校で」






 土井先生が帰った行った後の玄関ドアを見つめながら先生の頬を叩いた右手を先生に叩かれた左頬に添える。
 
 「あっつぅ・・・」

 




 翌日。何事も無く熱は引き、私はいつも通り登校した。
 無断欠席の事は昨日、放課後のSHRの際に土井先生が親から連絡があった事にしてくれたらしい。
 この学校には私の中学から進学した人は居ない筈なのだが、何故か私が小学校の時から無遅刻無欠席だという事は知られている話のようだった。なので、クラスメイトが私の事を結構心配してくれたので戸惑った。
 
 「十六夜、先生も一緒に食べても良いかな?」
 
 いつもの如くの嵐の去った昼休み。
 その嵐の中心だった人物が何故か私が教室で一人飯をしている所に舞い戻って来た。
 
 「さっき大量のお申し出を断ってらしたばかりじゃないですか。私、土井先生と一緒にお昼食べてる所を目撃されてあの方々に闇討ちされるのは嫌です」
 「闇討ちって・・・。いや、ああいう風に騒がれるのは苦手で・・・」
 「それ、嫌みにしか聞こえませんよ。モテない層の方々が聞いたら先生も闇討ちされると思います」
 「だから闇討ちってお前な・・・。しかし、十六夜はやっぱりそういう方が良いな」

 眉を下げて笑いながらも、許可してないのに勝手に私の隣の席を私の席に向かい合わせにくっつけて『一緒に食べる』体勢をとっている土井先生。

 「何勝手に一緒に食べようとしてんですか。ていうかこの方が良いとか先生はMなんですか?」

 一方的にくっつけられた席を私は離し、またもや悪態をつく。

 「良いじゃないかたまには。誰かと一緒に食べるのも良いもんだぞ?」
 「いつも食事の誘いから逃げ回ってる人が行っても全然説得力無いです」
 「ははは。確かに」

 とか話してる間にせっかく離した席をまたくっつけてくる。あれ。この人こんなに押しの強いしつこい人だっけ。
 
 「十六夜、観念しなさい。先生はこうと決めたらそう簡単には引き下がらないぞ。先生は十六夜の事をもっと知りたいし、こういう十六夜を他の人にも知ってもらいたいと思うから、十六夜がどう思おうが先生の勝手と自己満足で十六夜に構い続ける」

 土井先生は動かさないぞとばかりに私の席をがっしり掴んで、私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
 その真剣な眼差しは、私の中になんだか認めたく無い感情を抱かせるには充分過ぎるものだった。

 「・・・うっざ。修造かよ」
 
 極力平坦に、侮蔑的に聞こえるように努めて呟いた私の顔は、でもきっと赤かったと思う。








 ―――と、まあそんなこんなで・・・なんだかんだで私と土井先生は人目を気にしつつ時折お昼ご飯を食べる仲となった次第なのである。
 優等生先生だと思っていた土井先生は、おせっかいでお人好しで、変な所強引なくせにからかうとすぐ真っ赤になってあたふたしたり、怒ったり、割とすぐ拗ねていじけたりする。実はうっかりな所も情けない所もある、結構面倒くさい大人だったりした。
 ・・・まあそんな鬱陶しい面倒くさい大人を好きになってしまったのだ。
 担任の先生に恋をするなんて不覚だが、更に不覚なのは先生のおせっかいのせいで半無理矢理、少しだけ開かされてしまった世界に、私自身、居心地の良さを感じてしまっている事だった。
 友達と呼べる人間も何人か出来た。
 いつのまにか周囲から『毒舌だけど面白い人』とかいう不服極まりない人物評までいただいてしまっていた。
 両親とも少し・・・話す時間が増えた。
 
 
 

 「ありがとうございます。またおこしくださいませ」

 丁寧にお辞儀をしてわざわざカウンターから出て商品を手渡ししてくれるデパートのお姉さん。
 これでチョコレートは準備万端だ。
 きっと先生は明日も昼休みに一緒に食べようと押し掛けてくるだろう。
 その時にこいつを投下してやる。
 ・・・でもやっぱり悔しいから―――
 ペンケースから取り出した油性ペン。太い方のキャップを開けて・・・。
 奇麗な包装紙に大きく書いたのは『義理』の二文字。
 ―――これで良し。
 ついでに明日の私のお弁当はちくわのフルコースにしよう。
 私がお弁当箱のふたを開けた瞬間の先生のリアクションを想像すると口元が緩むのを押さえられなかった。







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