「おかしい。絶対おかしいよ」
僕、六年は組の善法寺伊作はあみだくじの『アタリ』の文字の所に引っ張られた線を凝視していた。
「にゃにがおかしいんだ伊作?くえすとに行けるんだ。良かったじゃにゃいか!」
横から小平太が覗き込んで首を傾げる。
「そうだ。良かったじゃにゃいか。採集の忍務にゃら偵察にも丁度いい!」
「どうした伊作、にゃにか不都合でもあるのか?」
文次郎も留三郎も不思議そうだ。
他の皆も怪訝そうな顔で立ち尽くす僕を見つめている。
「い・・・伊作先輩・・・」
乱太郎には事の重大さがわかっているみたいだ。鼻から出て行ってしまった乱太郎の魂をしんべえがあわてて追いかける。
きり丸はさっさとクエストの準備に映っているようで目を銭にしたまま、こちらの話は全く耳に入っていないようだ。
僕ら六年生の初のクエストのメンバーに選ばれた。確かにそれは普通だったら喜ぶべき所だ。
だけど・・・違うんだ。僕の場合は違うんだよ。
・・・だっておかしいじゃないか。不運委員会と言われる保健委員会を六年連続で勤め上げ、『不運大魔王』の異名まで持つこの僕が『あみだくじで当たりを引く』なんて。
そう、きっとこれは―――
「・・・留三郎、皆、僕が戻らにゃかったら後の事は頼む・・・」
「はぁ!?にゃに言ってんだ伊作!」
留三郎が僕の両肩をがしっと力強く掴む。
「留三郎、考えてもみてくれ。僕が・・・不運大魔王と呼ばれるこの僕が、当たりを引いたという事が何を意味するのか・・・」
僕が何を言わんとしているのかを察したのか、僕の顔を覗き込むようにしていた留三郎が息を呑んだ。
「・・・まさか、伊作お前・・・」
「そう。不運だ」
―――きっとこれはこれから行く忍務・・・クエストに、とてつもない不運が待ち受けているという事に違いない。それも、僕がくじに当たるくらいのとびっきりの不運が・・・。
「にゃる程。不運にゃ伊作が『当たり』を引いたという事は則ちこのくえすとが不運に見舞われるという可能性が高いくえすとだ、とそういう事か」
「にゃんだそりゃ!伊作!お前それは流石に考え過ぎだろう!」
「でもにゃんとにゃくにゃっとく出来るにゃぁ・・・」
「・・・伊作・・・気の毒は身の毒・・・だ・・・」
皆は口々に呆れたり得心したりしているけれど・・・僕と長年同室の留三郎なら事の重大さがわかるはずだ。
「伊作・・・」
留三郎は目を閉じて何か考え込むように目頭に手を当てる。・・・猫の姿だと凄くおかしいけど今はそんな事言ってる場合じゃないかな。
「俺は何度も言っている筈だ。『何でも自分は不運だからと決めつけるにゃ』、『不運にゃんぞ撥ね除けろ』と」
「留三郎・・・!でもそれは・・・」
今まで何度も僕に降り掛かる不運を共に戦い、何度となく撥ね除けてくれた留三郎。だが今回はそんじょそこらの不運とは勝手が違う。
だって今回は―――
「留三郎、思い出してみてくれ。四年生の時、僕と湊が初めて一緒に組んだ実習の時の事を・・・」
僕の言葉に、留三郎の顔色が徐々に青色になっていく。
そう。だって今回は、『自動式巻き込み型天然災害』とか『不運吸収増幅器』とか言われている湊が一緒なんだから。
「それだけじゃにゃい。去年の学年別男女合同オリエンテーリングの時、この前僕と湊と留三郎で学園長先生のお使いで一緒に出かけた時も・・・」
留三郎は見る見るうち黒紫色に変色し、カタカタと小刻みに震え出す。
「他にも・・・」
「だぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!!!もーう良いッ!!わかったッ!俺が悪かった!!!」
「わかってくれたか留三郎。それじゃあ後の事は頼・・・」
「だからそれは止めろぉッ!!!」
僕と湊が一緒に何かすると必ずと言っていい程、いつもの数倍・・・いや、数十倍は不運な、壊滅的不運に見舞われるんだ。
「確かににゃ。湊と伊作は『混ぜるにゃ危険』、『分別にご協力下さい』が忍術学園の常識だ」
「・・・う。去年のアレは確かに・・・悲惨だった」
「そうだったか?私は結構楽しかったけどにゃ!」
「・・・きり丸が・・・心配だ・・・」
考え込む留三郎と、僕の言わんとしている事を理解してくれた他の面々。
「皆大げさだなぁー!伊作の不運が心配なのはわかるけど、きり丸は手のかからない子だし、私も居るから大丈夫だよ!」
「それが一番心配にゃんだッ!!!」
「えー。何それどういう事失礼しちゃうー」
留三郎の悲痛な叫びも虚しく、湊本人は何が問題なのか全くわかっていない。
そう。湊は自分の不運体質に関して・・・と言うか、僕との相性の悪さについて全くの無自覚なんだ。
今までの恐ろしい不運の数々も、全て僕の不運と留三郎の巻き込まれ不運のせいだと思っているらしい。
幸いと言うか災いと言うか、湊は悪運が非常に強いので、僕らの巻き起こした不運により彼女自身が大きな被害を被った事が無い。
そのせいもあり、湊と僕の組み合わせが最悪の不運コンビだという事を全く理解していないんだ。
・・・まるで颱風の目だ。
「・・・湊、あみだくじ、引き直さないか?」
留三郎がかすれた声と引きつった笑顔で湊に提案する。
「そ、そうだにゃ!やっぱりどうしても俺も行きたいにゃーにゃんて・・・」
文次郎もそれに同意する。あれ、なんだか遠くの方から暗雲が・・・。
「もう!男の子が一度決まった事にぐだぐだ言わないの!男らしく無いよ!?」
湊の『男らしく無い』のセリフの吹き出しの尖った部分が留三郎と文次郎をグサリと貫いた。・・・ごめんよ二人とも、そういう傷は手当て出来ないから。
それに、湊は一度自分がこうと言い出した事はなかなか引かない性格だ。
僕との相性の悪さを自覚していないなら尚更、ここでメンバーの選び直しをすることはまず無いだろう。
踞る二人を横目に、僕の頭の中は今日まで生きてきた思い出、様々な出来事が次から次へと浮かんでは消えて行った。そうか・・・これが走馬灯か。
「伊作が遠い目をしているにゃ」
「・・・走馬灯を・・・見ている」
「走馬灯ってにゃんだ?」
「・・・回り灯籠の・・・事だ。・・・因に、落乱の時代には・・・まだ無い」
「長次、一応そういう発言は慎め」
「もう伊作!いつまでもぼーっとしてないで、クエスト行こうよ!ここでは完全自給自足!生活費も御飯代も自分で稼がなきゃなんだからね!?」
「そうッスよ!時は金にゃり!十六夜先輩、善法寺先輩、決まったのにゃらさっさと行きましょうッ!」
湊ときり丸に急かされて、僕は覚悟を決めた。
「すまない留三郎、文次郎、大丈夫だ。長次・・・きり丸だけは必ず無事に返すから・・・」
「だめだ・・・。完全に悟りの境地に入ってやがる・・・」
「・・・一超直入・・・」
「いや、それはこの場合ちょっと違うんじゃにゃいか?」
「この場合、自己犠牲の精神に辿り着いたと言ったほうが近いかも知れんにゃ」
「結局伊作が行くのか?伊作は行かにゃいのか?」
留三郎達がまだ何か言っているけれど・・・僕は真っ直ぐ湊の目を見つめ、頷く。
「行こう。くえすとへ」
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