「や、やっと着いたぁ・・・」
遥か野を越え山越え、やって来ました忍術学園。
途中で少し荷車に乗せてもらったとは言え、まだ履き慣れない草履を履いて何時間、土を固めただけの街道を延々と歩いて来た事か・・・。
鼻緒が擦れたのだろう。親指と人差し指の間がじんじん痛い。
(あ〜・・・。こりゃ絶対足の皮剥けてるな・・・)
朝ご飯を食べてからすぐに杭瀬村を出発した筈なのに、日の高さを見る限りお昼はもう唐に過ぎているであろう。
平然と元気そうに荷車を引きながら私の様子を見ている大木さん。
「思ったよりも時間がかかったな。やはり湊にはちときつかったか」などと言いながら、がっくりとその場に踞らんばかりの私を見て苦笑いする。
途中途中で休憩したり、恐らくだいぶ私を気遣ってくれたであろう大木さん。
(・・・今日中に帰れるかなぁ)
足手まといになってしまった事を少々申し訳なく思いながらも、歩いて来た道程とこの足の痛み具合で可能かと言われると自信無い。
と、それはそれとして・・・
やってきました噂の忍術学園。
時代劇の武家屋敷を思わせる塀とそれにくっついたでかい門―――棟門・・・とか言うんだっけ?―――
門扉の脇の柱には堂々と『忍術学園』と書いた看板が貼ってあった。
(忍者育てる機関がこれで良いんだろうか・・・)
大木さんは確かに『絶対的な機密機関ってわけじゃない。だいたい、それじゃ入学希望者が集まらないだろう』的な事は言っていたが、なんか、ここまでオープンとは。
人通りの多い街道からは逸れた、山を超えた所にあるとは言え、忍ばんで良いんかい忍者・・・。
大木さんが忍術学園の門を叩いて「大木雅之助だー!おいしい野菜持って来たぞー!」といつにも増してでかい声で叫ぶ。横で思わず耳を塞いでしまった。
ほどなくして「はぁ〜い」とちょっと間延びした声がして、門扉に付いていた小さな扉からひょこりと誰かが顔を出す。
顔を出したのは何だかぽえぽえした雰囲気の少年だ。藍色の頭巾と忍び装束?みたいな格好をしていて、その胸には『事務』の文字。忍者で・・・事務の人なのだろうか。
「あ!大木雅之助先生〜!お久しぶりで〜す!」
ぽえぽえ少年は大木さんを確認すると、ぽえぽえした笑顔とぽえぽえした声で挨拶する。何か見ていると私もぽえぽえしてきそうだ。
(ん?大木雅之助・・・先生?)
「おう!小松田くん!久しぶりだな!」
「お久しぶりです〜!大木先生がいらっしゃったって聞いたら皆喜びますよ〜!」
うん。聞き間違いじゃないな。大木さんが先生?何故農家の兄貴が?
「あれ?そちらの方は?」
大木さんと挨拶を交わして、私の存在に気がついたぽえぽえ少年が眉を下げて小首をかしげる。・・・可愛い。
ぽえぽえ少年はあざといのだろうか。天然なのだろうか。どちらにしろその仕草がばっちりハマってる。私などがやっても痛い人になるだろうに。
まさか大木さんの手前『大木さんに拾われて居候させていただいている正体不明身元不詳の怪しい女です』とか言っちゃうわけにもいかず、名前を名乗るくらいしか思いつかない。
忍者の学校という事なので、もしかしたら怪しい奴な私は名乗る事すら大木さんの立場に影響するかも知れない。
私は大木さんに助けを請うように視線を向ける。
「おお。紹介が遅れたな。こいつは今ワシの家で家事を手伝ってくれとる十六夜湊だ!」
あ。大木さん、それは事実だけどまたそういう言い方すると・・・
「大木先生、ご結婚されるんですかぁ〜!」
ぽえぽえ少年の瞳が興味津々爛々といった感じで輝きだした。
ほら言わんこっちゃ無い。このパターンで何度杭瀬村の人達にも誤解され、全力赤面否定してきた事か。・・・そして多分誤解は未だされたままだし。
「違う違うッ!そういう関係じゃあない!」
「違いますッ!そういう関係じゃありません!」
ぴったり揃ってしまった大木さんと私の赤面否定に「ふふふ、息ぴったりですね」と生暖かげな視線を送られてしまった。うん。このぽえぽえ少年様も間違いなく誤解されとりますね。
「だから違うと・・・」
「食堂のおばちゃんにおいしいお野菜を届けに来たんですよね?それでは入門票にサインをお願いします」
大木さんの言葉を遮って突きつけられたのはバインダーに挟まれた紙と筆を差し出して来た。
(聞いてないな・・・っていうかサイン?今サインって言った?それにあれ、バインダーだよね・・・?)
この時代に来てから時々思うのだが、どう考えてもこの時代には無いよね?っていうようなものや言葉が使われていたりする。
それ絶対史実じゃないだろって言うような聞いた事の無いお城の名前が出て来たり。かと思えば織田とか毛利とか武田とか上杉とかこの時代に覇権争いしてた筈の大名達の名前は出て来ないし・・・。
もしかしてこれは単純にタイムスリップして来たって言うよりもパラレルワールド的な異世界に来てしまったんだろうか。
考えれば考える程良くわからない。
「僕は事務の小松田秀作と言いま〜す!湊さんもこちらにサインをお願いしま〜す」
新たなる謎で色々とまた混乱しそうな頭の中を整理していた私に、ぽえぽえ笑顔で突きつけられる入門票とやら。
色々聞きたい事言いたい事はあれど、ぽえぽえ少年改め小松田さんのサイン要求に、えも知れぬプレッシャーを感じた私は言われるがままにサインをしたのだった。
なにかよくわかんないけど忍術学園恐るべし。
癒し系ぽえぽえ少年が放つニュータイプの如くのプレッシャーに、ここへ来た事に一抹の不安を覚える私なのであった。
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