雲雀なく春

 


縁側から足を放りなげ、ぶらりぶらりとまるで小さな子どもの様に揺らし、頭上に広がる均一な黒と深い紺を練りこんだような夜空を眺める。
気配を感じると同時に実体が隣に座り、ハルは顔を少しそちらに向けた。合わさった視線は夜空に似た色をしながら穏やかだった。瞳を和らげる雲雀にハルも小さく笑みをかたどった。
「眠れないのかい」
「すこし」
ハルはまた視線を夜空に戻す。視線は星もない深い闇夜に固定されているのに、決してそこを見つめている訳ではない。遠い夜空に浮かぶその先に、想いを馳せてハルは夜空を見上げる。雲雀はそれに気づいてハルの小さな肩をそっと抱いた。






いま思えば、あの事がなければもしかしたら、自分と雲雀の関係は交わりのない平行線を保ったままだったかもしれないと時々思う。けれどその考えもすぐさま打ち消される。そんな未来きっと雲雀が許さないだろうから。 




ハルは混乱の中にいた。ミキサーで頭の中をかき回されたかのように何もかもが落ち着かなくて、何をどうすればよいのかも分からない酷い混乱の中だ。
ついさきほどまで応接室にいた。いつもの日常だ。奥の机でハルには目もくれず書類にペンを走らせる雲雀。その雲雀を時に盗み見しながら宿題をし、ヒバードと遊んでいたはずの放課後。
なのに瞬きをしている内にその世界は一変した。何度目をぱちくりとしても世界は変わったまま。座っていたソファの感触も、指で遊んでいたヒバードの温もりも、確かにそこにあった雲雀の存在もない。ハルが今たっているのは時代劇で見たような広く豪華な和室。ハルは訳が分からず、近くの襖を開けたがそこにはまた同じような和室があるだけ。
雲雀さん。ハルは縋るように名を呼んだ。
雲雀さん。けれど答えは戻ってこない。
絶望の淵に立たされたひとが無意識に神に縋り、乞うように、ハルはただ雲雀の名を呼んだ。けれどその声は部屋の中に吸収されて消える。どうしよう。ハルは思う。どうしよう。雲雀に会いたかった。
混乱に乗じて恐怖と不安がハルを占領しようとする。じわりと目の縁に涙がたまり、ハルは唇をぎゅっと噛みしめた。
「ここに居たの」
耳に滑り込んできた声にハルは声の元を視線で辿る。そこに居たのはスーツを着た見知らぬ青年。だが、その声にも姿にも雲雀の面影が見えて、ハルは警戒することすら忘れ目を瞬かせ、青年が歩み寄ってくる様を見つめていた。
「探したよ」
ハルよりも大きなてのひらがのばされ、すっぽりとハルを囲う。抱きしめられた感触はまるで柔らかなシーツを思い出させ、ハルは胸の奥に固まった不安が溶けていく気配を感じた。
「可哀そうに。心配いらないよ、僕がきたから大丈夫」
迷子になった子どもをあやす様な声が耳にくすぐったくて心地いい。ぐしゃぐしゃと落ち着かなかった中身がゆっくりと元の位置に配置され、冷静さが戻ってくる。与えられた体温と感触にハルはまたじわりと涙を浮かばせた。
「可哀そうな、ハル。僕は雲雀だよ。十年後の雲雀恭弥。僕が今から言う事を落ち着いて聞けるね?」
雲雀恭弥。ハルはつり上がった大きな目を更に大きくし、雲雀の腕の中から顔だけを少し持ち上げて向き合う姿勢をとる。顔をよく見ようと手の甲で乱暴に涙を拭ったら、やんわりと制止され、穏やかな指がハルの目の縁を丁寧になぞった。
確かに、よく似ている。ハルは瞬きをして視界をクリアにし、自分を抱きしめている雲雀を観察した。背はハルの知る雲雀よりも高い。髪も短く切られ、つりめがちだった細い眼はそのままだがこちらを見つめる視線は戸惑うほどに優しい。
これが本当に雲雀なのだろうか。ハルは自問する。外見はまるで兄弟のようにそっくりだ。けれどもハルへの対応がよく知る雲雀とはあまりにもかけ離れていて違和感が拭えない。そもそも十年後の雲雀恭弥とはどう意味なのだろう。
さまざまな不安と疑問を混ぜ合わせた視線を穏やかな笑みで受け止めながら雲雀は言葉を続けた。
「ここは君がいた世界から十年経った世界だ。原因は十年バズーカー。君も知っている牛の子どもがいるだろう?彼のバズーカーに打たれると十年後の自分と入れ替わってしまう」
そこで雲雀はいったん言葉を切り、ハルの様子を窺った。ハルは聞きなれない単語とすぐには受け入れがたい内容にどう反応していいか分からない、といった表情を浮かべる。表情からハルの心情を汲み取り、雲雀は更に先を続ける。
「すぐには信じられないと思うけれど、彼のバズーカーに打たれると五分間今と未来の自分が入れ替わってしまう」
五分間。ぴくりとハルは反応する。この話が本当ならば心配せずとも自分は雲雀の元に帰れるということだろうか。ハルの肩から少し力が抜ける。
「ただ、今回は入れ替わりが五分ですむのかどうか分からない」
続く言葉にハルは無意識にまた力がこもる。
「バズーカーに打たれたのはこの世界の君だ。十年前の自分と入れ替わる十年前バズーカーなんてつまらないおもちゃを作った馬鹿が、試作段階のそれを君に誤爆するなんて更に馬鹿な事をしてくれたおかげでこの世界の君と十年前の君が入れ替わってしまった」
腹立たしさを思い出したのか、雲雀の穏やかな雰囲気が棘を露わにした恐ろしいものへと変化する。十年前のトンファーをふるう雲雀に似た殺気を放つ目の前の雲雀に委縮し、ハルは不安を紛らわすためにぎゅっとスーツの胸元を握った。
ハルの変化に気づいて雲雀は殺気をかくす。謝罪の代わりに優しく頬を撫でられ、ハルは握った手の力を和らげた。
「このバズーカーの有効時間も五分。けれど既に五分が過ぎている。試作段階のこのがらくたはまだ正確に時を越えられないらしく、有効時間がハッキリと確定されていない。おまけに未来の君は過去にいけず、この世界に停留したままだ」
この世界のハル?ハルは視線でなおも問う。
「本来ならこの世界のハルは十年前の君の世界で存在するはずだけど、時を越える途中で誤差が生じ粒子の状態でこの世界に存在する。この世界のハルは特別な装置の中で眠ったような状態で保護されている。今この世界には二人の三浦ハルが存在するんだ」
ゆっくりとハルに分かりやすいように言葉を選んでくれているようだが、それでもハルにはぴんとこない。ただ分かることは自分がそう簡単に雲雀の元へは戻れないということだけだ。
「ハル、どうなっちゃうんですか……」
抑えきれない不安が波の様にハルの小さなからだを飲みこもうとうねりをあげる。その荒波からハルを守るよう、雲雀は穏やかに微笑む。
「大丈夫。僕が傍にいるから君は何も心配しなくていい。君のいた世界に帰してあげるから」
そう言って、すっかり真っ赤になってしまったハルの目をいたわる様に雲雀は瞼をそっと撫でる。
「大丈夫だよ」
鼓膜を揺する声はどこまでも優しい。それがハルを一層悲しませた。ここにいるのは紛れもなく雲雀なのに、ハルの知る雲雀ではない。ハルの好きな雲雀はこんな風にハルに触れたりしない。こんな風に笑いかけたりしない。
たった一人世界から取り残されたような恐怖がハルの足先から徐々に這いあがり、小さなからだを震えさせる。言葉通り安心させるよう、雲雀はただ黙ってハルを抱きしめた。



あれから既に丸二日が経とうとしている。バズーカーを作ったというメカニックを急かしてはいるそうだが、これといった変化がない今、それも順調ではなさそうだ。
言葉を態度に換えるよう、雲雀はハルから離れようとはしなかった。常にハルの傍から離れずハルを不安から守ろうとしてくれるその態度に、ハルはこの世界のハルと雲雀の関係をぼんやりと想像する。
きっとこの世界の雲雀とハルはとても仲のよい、特別な仲なんだろう。自分と雲雀とはなんとかけ離れた関係だろうか。
ハルは雲雀が好きなのだ。それは恋ともいえるし、愛なのかもしれない。応接室に通うハルを最初は嫌な顔をして追い出そうとしていた雲雀も、日が経つにつれ諦めたのかハルが居座る事を許した。だからと言って何か進展があった訳ではなく、ただ居るのを許しただけであって相変わらず雲雀の眼中にハルの存在が映りこむ事はなかった。
それでもハルは満足だった。同じ空間にいれる事が嬉しかったし、雲雀の姿を視界に入れることができるだけで幸せだった。
今頃雲雀さんは何をしてるんでしょうか。ハルの事を少しは気にかけてくれているでしょうか。考える事がなくなれば、そればかりが勝手に頭の中に浮かんで消える。
はぁ。深いため息を吐けば、雲雀がハルの手を優しく手繰り寄せ、どうしたの?と視線で慰めてくる。
雲雀の優しさに触れれば触れるほど、ハルは元の世界の雲雀に会いたくて、たまらなく苦しくなる。この世界の雲雀に心を惹かれそうで少し、怖い。
「雲雀さん、別人みたいです」
「そう?君のいた世界の僕も、僕だけど」
「全然違いますよ」
この世界の雲雀は十年前からずっとハルに優しいのだろうか。ならばハルの世界の雲雀は十年経ってもハルを見てはくれないのだろうか。
「どこが違う?」
「全部、です」
からかうように細まる目に、ハルは唇を尖らせてそっけなく答えた。
「どの世界の僕も、僕だよ」
「でも、やっぱり、違いますよ……」
この話はもうお終いにしてください。俯いたハルの声なき懇願に雲雀は目を細める。そこに、からかおうという気は見えない。
「君はどの世界でも、やっぱり君だね」
ポニーテールを指で遊ぶように撫でられ、ハルはゆっくり顔を上げた。
「好きだよ、ハル。僕がどの世界でも僕であるならば、どの世界でも僕はきっと君を好きになる」
ハルは胸を詰らせる。雲雀の細い目は愛情に満ちていて、そこから優しさが零れおちてきそうなほど。その愛情が惜しみなく注がれているだろう、この世界のハルを少し羨ましいと思ってしまう。
「違いますよ……」
雲雀のその自信がどこからくるものかは分からないが、もしそうだとしてもどんな物事にも例外は存在する。その例外が自分のいた世界なのだとハルは思う。
ここに居れば雲雀に愛されるハルでいられるのだろうか。両手では抱えきれないほどのこの愛情が、惜しみも無く自分だけに与えれるのだろうか。考えて、即座に否定した。帰りたい。ハルは思う。ハルが居なくなろうと雲雀の日常が一つも変わりなく過ぎ、ハルの存在を少しも気にかけてはくれなくとも、ハルは雲雀の傍にいたいと強く思う。目の前の雲雀は確かに雲雀だが、ハルが恋しい雲雀は学ランをなびかせハルに笑いかけもしてくれない、あの雲雀だけなのだ。
沈黙が二人をつつんだ。頭上の夜空は暗いまま、月さえ身を潜めている。この空より遠いところにハルの恋しい雲雀がいるのだ。それはハルと雲雀の距離のように遠く、遠く、まだ遠い。
突然、機械音が静寂を突き破った。雲雀の携帯がちかちかとほの暗い部屋で光ながら着信を知らせる。雲雀がそこに向かい受話ボタンを押す。
ようやくかい。そう、それなら早い方がいい。じゃあ十五分後だ。いいかい、僕が行くまで誰もハルに触らないでよ。
がちゃり。ツーツーツー。
「雲雀さん……?」
不安げな眼差しで縋るハルを抱き寄せ、雲雀はその膝に座らせる。
「ようやく君を元の世界に帰してあげれる」
その言葉にハルはぱちぱちと数回瞬きをした後、意味を理解し頬をゆるめた。
「十五分後、この世界のハルと君は元の状態に戻れる。ただ、同じ時間に戻せるかは分からないみたい。君が消えてから五分後、もしかしたら丸一日後の時間に戻るかもしれない。誤差は最高で三日らしいから、君は家出の理由を考えておかないといけないね」
三日。もしあの放課後の時間から三日経っていれば、一度も休まず応接室に通っていたハルを少しは雲雀も気にかけてくれるだろうか。
「僕のことを考えてるの?」
「雲雀さんのことです」
「僕も雲雀だよ。君は僕のことで頭がいっぱいらしい」
「だって、好きなんです……」
ハルは雲雀の胸にからだを寄せた。細身なのに寄せたからだはとても大きく感じる。
「雲雀さん、ハルの名前を呼んでくれないんです。一度だって、三浦とも呼んでくれない……でも、ハルは雲雀さんが好きなんです」
ぽろぽろと、涙がハルの頬を滑り落ちていく。雲雀の指が優しく撫でる。
「僕もね、最初は君の名前を呼ばなかった。それどころか、君のことが大嫌いだった」
大嫌い。その言葉に過剰に反応して、ハルは身を強ばらせながら雲雀を見上げる。
「正確には、沢田綱吉を好きな君が大嫌いだった」
すっと細められた目には、未だ拭いきれない殺意と嫉妬が鈍く光っている。
「だから僕は君にありとあらゆる嫌がらせをした。僕を見ない君が腹立たしくて、そんな風に勝手に君に振り回されている自分に酷くいらいらしていた」
酷いと思うかい?落ちてきた視線が問う。ハルには答えが分からない。
「君がようやく僕のものになってからも、僕は君を泣かせた。つまらない意地をはって冷たくあたって、君に優しい言葉一つあげもしなかった」
雲雀はハルを見つめる。ハルに自分のハルを重ね、言葉を繋ぐ。
「そのせいで君を失いかけた。僕はその時、自分でもおかしいほど動揺したんだ」
雲雀の指がハルの顔の輪郭を丁寧になぞる。いとおしい、いとおしい。そこから声が聞こえてきそうな指先にハルはまたぽろりと涙を零す。
「それ以来だよ。僕が君の名を呼ぶようになったのも、自分に素直になったのも」
「雲雀さんも、そうだとは限りません……」
「そうだね。もしかしたら違うかもしれないし、そうかもしれない。ねぇ、ハル。わがままなお願いだけれど、これだけは約束して欲しい。君の世界の僕がどんなに君に辛くあたろうとも、君には僕を見捨てないで欲しいんだ。僕はどの世界でもハルを僕のものにしていたい」
「本当にわがままです……」
前髪の合間からおでこに口づけを落とされ、ハルは滲んだ視界で雲雀を見た。幼い姿の雲雀が重なる。
「心配しないでください。ハル、雲雀さんが好きで好きで仕方ないんです」
無理やり笑うハルに、雲雀は初めて会った時と同じ穏やかな笑みを浮かべる。
「だから、雲雀さんに名前を呼んでもらえるようハルは頑張ります」
「頼もしいね」
雲雀が畳に置いた携帯にちらりと視線を投げる。もう間もなくで、その時がくる。
「ハル、未来で待っているよ」
再びおでこに柔らかな熱を感じる。雲雀さん。そう口にしようとした言葉が風にふかれた砂のように散っていく。ハルの姿も。
目の前がぼやけて、しっかりと感じていた雲雀の体温も感触も全てが曖昧にふやけて溶ける。
雲雀のところに戻るのだ。ハルは強く瞼を閉じた。









目を開けると夜空に似た暗闇が広がっていた。目をこらしここが見慣れた応接室だと知る。
電気の消された真っ暗な部屋。雲雀はもう帰ったのだろうか。ハルの事など気にもせず……。
いま何時でしょう。電気のスイッチを押しハルが壁時計を確認すれば、ハルが雲雀の前から消えた時間から三時間経っていた。日めくりカレンダーの日付はあの日と変わっていない。どうやら誤差は三時間ですんだようだ。
疲れました。ハルはぐったりと深くソファに沈む。今はもう夜の八時。書類にしか注意をはらっていなかった雲雀はきっとハルが居なくなった事すら気づかなかったのだろう。気がつけば勝手に来た時のように、勝手に帰ったのだと思われたに違いない。心配してくれたかも。小さな期待はあっけなく潰れた。
「うっ……」
また涙が逃げ出そうとする。泣いてばかりです。ハルは帰ろうと立ち上がった。
ふと、窓の方に目をやるとカーテンが開いたままになっている事に気づく。几帳面な雲雀が忘れるなんて珍しい。そう思いながらハルはカーテンを閉めようと窓に近寄る。その後ろから乱暴に扉が開く音がして、ハルはからだを跳ね振り向いた。
「雲雀さん……」
そこに居たのは紛れもなく学ランを着た中学生の雲雀だった。
本当に帰ってこれました。雲雀の姿に実感がわき、会えた喜びが悲しみを吹き飛ばす。けれど雲雀の表情は厳しく、その目には苛立ちが浮かんでいるのが見えて途端にハルのからだが縮こまる。
雲雀さん何だかすごく怒ってるみたいです。こんな時間に不法侵入したと思われているんでしょうか。
どうしていいか分からず固まったままのハルに足早に近づき、その目の前で雲雀は立ち止まる。雲雀の放つ怒りは殺意に似ていて、滅多に見ない雲雀の剥き出しの強い感情にハルはぴりぴりと電気が流れたように痺れた。
青ざめながらとにかく謝ろうとハルが口を開く、それより早く雲雀は乱暴にハルを抱きしめた。
「はひっ!」
ぎゅうぎゅうと力加減を誤った腕で抱きしめられ、ハルは痛みとその熱で混乱する。痛みに耐えきれず雲雀さん、痛いです。と切れ切れに訴えれば、両肩に手を置かれ突き放すように距離をとられた。
「なに勝手に居なくなってんの」
どん。肩に力を入れられ、窓に背中があたる。
「いい身分だよね。僕のテリトリーに勝手に入ってきて、挨拶もせず勝手に居なくなるなんて」
「雲雀さん……?」
「家にも帰らず、あの草食動物達のとこにも寄らずどこに行ってたわけ?」
イライラした口調で詰問する雲雀。こんな雲雀を見るのも、あからさまな怒りをぶつけられるのも初めてでハルは無意識に、ごめんなさいと呟いた。
「答えになってないよ」
どん。また肩を押される。恐ろしさのなか雲雀の姿を盗み見すれば、雲雀の髪や服装がいつもより乱れている事に気がついた。呼吸も少し、荒い。まるで何時間も全力疾走していたかのような雲雀の姿に、ハルはあり得ないと否定しながらも期待を口にした。
「雲雀さん、もしかして、ハルを探してくれてたんですか……?」
飼い犬が主人の機嫌を窺うような仕草で恐る恐る問いかければ、雲雀は眉間の皺を一層深くする。
「鞄も置きっぱなしでよく言うよ。並中で失踪事件を起こすなんてなんて許さないよ」
冷たく突き放す声。けれどハルはじんわりと胸を熱くした。未来の雲雀の声がする。
どの世界の僕も、僕だよ。
ハルは手をのばした。のばしたその手で雲雀にしっかり抱きついた。
「雲雀さん、ごめんなさい……でも、少しこのままでいさせてください……」
精一杯しがみつけば雲雀の小さな動揺が伝わってくる。ハルは構うことなく首筋に顔を埋めた。
「雲雀さん、勝手に居なくなってごめんなさい」
雲雀の腕がハルをつつむ。今度はきちんと力加減が調節されていた。
「僕に断りもなく居なくなるなんて、生意気な事は二度としないで。分かったね、三浦ハル」
ハルは息をのんだ。雲雀の顔をのぞき込もうと動かした頭を、無理矢理また首筋に戻される。
「バカな三浦ハル。三浦、ハル。ハル。ハル」
雲雀がなく。ハルの存在を確かだと自分に言い聞かせるように。
「ハル」
そう、なくことしかできぬ鳥のように雲雀はなく。ハルとなく。その声にハルは小さな小さな子どものように雲雀の腕の中で泣いた。
いつの間にか空に星が輝いていた。





2010/08/20/Web

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