きっと私は幸せだろう

いいのか、と熱っぽく囁かれた。むしろこっちがいいのかと問いたかった。
倉持はもっと自分を大切にするべきだ。
しかしそう言うと鼻で笑われた。
それからはもう記憶が曖昧であまり覚えていない。

「なあみょうじ。今無性に抱き締めたい」

「…ん。いいよ」

寝転がったまま腕を広げると、腰の下に腕を差し込まれぎゅっと抱きしめられた。
髪の毛に鼻を埋めすんと匂いを嗅がれたのが恥ずかしくて足を蹴るとそのまま足すらも絡められた。
全身が密着しているから体全部で倉持を感じる。驚くくらいに速い鼓動や、子供みたいに高い体温。
その全てに安心する。

「御幸にだってここまでは許さなかったよ」

行為の後にこんな話をするのは御法度だってわかってる。それでも言わずにはいられなかった。
口にしなければ罪悪感で潰れそうだった。

「冗談だろ?」

「いや、マジマジ」

「…そうか」

ねえ倉持は今何を考えてる?そう訊くと額にキスをされた。

「未知の世界に到達した達成感と高揚感」

「ふは、何それ」

「あと、少しの罪悪感」

倉持の言い方がツボに入って思わず吹き出したが、ぽつりと付け加えられた言葉で笑えなくなった。

「ごめん」

「ん?みょうじが謝るのはお門違いだろ」

「でも、」

「人の気持ちを勝手に背負うんじゃねーよ。自意識過剰か」

「そん、な言い方しなくたって」

「つまりは気にしてんじゃねーよ、バーカってことだ」

キツイ言葉とは裏腹に、私の髪の毛を梳く手つきは優しい。
倉持は言葉意外全部が優しい。

「倉持は、付き合おうって言わないんだね」

「あー…、まあ。振られるの目に見えてるし。先人の失敗から学んだ」

「御幸のこと?」

「どうせあいつは付き合おうってしつこく言いすぎて離れられたんだろ。だから俺はお前に何も言わない」

倉持は言う。

「だけどもし、お前から付き合おうって気持ちになってくれたら、やぶさかじゃねーかもな」

私の気持ちをよく読んでいる。
付かず離れず、そんな絶妙な距離感で私の心に寄り添ってくれる。
こんな人と付き合えたらきっと私は幸せだろうな、と自然と思った。

「私は誰とも付き合おうってまだ思わないよ」

本当に好きになれるなら、こんな始まりじゃない方が良かったと思うのは後の祭りだ。
私はどこまでも捻くれていて素直じゃない。

「それくらい知ってるっつの。どんだけ俺がお前の話を聞いたと思ってんだ」

ちょっとだけ傷付いたくせにそれをおくびにも出さないあたり、倉持はさすがだ。

「倉持といるのはすごく居心地がいいよ。素が出せる」

「そりゃどーも」

「倉持が私のことを好きだなんて知らなかった」

「隠してたからな」

「うん、そうだね」

そうだね。私も多分どこかわかっていながら気付かないフリをしていた。
だから私はこれからもそのフリを続けなければならない。

御幸に付き合えないって言ったんだ。残りの高校生活の間くらいせめてその言葉を守りたい。

back