自分だけが救われる

本当に疚しい気持ちなんて一切なく、倉持を家に上げた。お母さんがいるものだと思っていたし、せめてお茶くらい飲んで帰ってもらえたらと思っていた。
だけど実際は家に誰もいなくて倉持と二人きり。
最初は何とか取り繕おうとしてべらべら関係のないことを喋っていたが、次第に話題も尽きて沈黙が流れるようになった。
こんな時に限って倉持はずっと黙っている。
誰もいないとわかった時点で帰ると言い出すかと思ったのだが、倉持はそうしなかった。

「倉持?」

いつもと違う倉持が急に知らない人に見えて、確かめるように名前を呼んだ。
顔をこちらへ向けた倉持の瞳がゆらりと揺れるのが見えた。

「なあ、御幸とどこまでした」

「え、ちょっといきなり何なの?」

そんなこと聞かないでよね、と笑って誤魔化そうとするが倉持の瞳は相変わらず揺らめいている。
せっかく淹れたお茶は手もつけられずに冷めていくばかりだ。

「別に御幸とは何もしてないよ。付き合ってたわけじゃないし」

「御幸が夜になるとふらっといなくなってた時があんだよ。みょうじと会ってるんだってその時は思ってたんだが、違うか?」

「え…、や、何のこと?」

普段なら言いたくないことを無理に言わなくてもいいってそう言ってくれるのに今日の倉持はそうしてくれない。
倉持の目に射竦められて身動きが取れない。

「お前、元彼と別れてからずっと寂しいって言ってたよな」

倉持が私との距離を詰める。

「御幸でそれを埋めてたんだろ。今その御幸がいないなら、俺で埋めればいい」

胸の奥底の箱にしまい込んでいた気持ちが喉元をせり上がってくる。錠までかけていたつもりなのに呆気なく倉持にこじ開けられてしまった。
遠くから聞こえてくる音がやがて自分の声だと気付いた時には嗚咽に変わった。

寂しい、寂しい寂しい寂しい。お願い誰か、この気持ちを何とかして。あの光景が頭から離れない。裏切られた、辛い。信じてたのに。

「みょうじ、大丈夫だ」

倉持に抱き締められていた。耳元で囁く声がひどく優しい。
また、また同じ失敗を繰り返してしまう。御幸と同じ失敗を。
こんなのダメなのに、誰かの気持ちを利用して自分だけ救われようだなんて。
それなのにどうして私を甘やかすの。抵抗するのがバカみたい。

「お願い、倉持。許して、お願い」

「任せろ」

体を離してもう一度倉持の瞳を見ると、未だにゆらゆらと揺れていた。
迷っているんだというのは直感でわかった。そんな気持ちとは正反対に倉持は私を受け入れようとしている。
何で矛盾する感情を抱えたまま受け入れてくれるのか。私にはわからない。

ごめんね、倉持。

寂しさを埋めるために必死になって倉持の唇に吸い付いた。
確かめるように舌を絡め、ぎゅっと背中に回した手に力を込める。

その場凌ぎだということは重々承知している。だけど心が求めていた。

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