どうするべきだったのか

放課後の教室での一件以来、みょうじが以前より話しかけてくるようになった。
御幸はそれをじっと見ているだけ。
俺もまたそんな御幸を横目に、みょうじと会話を続ける。

みょうじは元彼の浮気のことについて誰にも言ってなかったらしい。普段つるんでいる女友達にすら言ってなかったのには少しばかり驚いたが。
次の日になって誰にも言わないでほしいとお願いされた。無論、他人の秘密を言いふらす趣味はないので最初からそのつもりだった。

秘密を共有すると仲が深まるというのは本当らしい。
元彼のことも御幸のことも知っているのは自分だけだという優越感に俺はしばらく浸っていた。

そうして数ヵ月が過ぎた。
高3の秋にもなると、クラスの奴らはみんな受験勉強に本格的に取り組み始めた。もちろんみょうじも例外ではない。
しかし俺は推薦であまり悩むこともなくさっさと大学を決めてしまったので受験事情に若干疎い。
試しにみょうじの志望大学を聞いたが、いまいちピンとこなかった。

「うっわ、倉持だ」

「うっわって何だよ。つーかお前今帰りか?」

「そうだよ。今日は集中できたからいつもより長く勉強してたんだ」

ふとコンビニに行こうと思い立ち寮を出てしばらくのところで丁度みょうじと鉢合わせた。
最近では暗くなるのも随分早い。さすがにここで女一人を置いていくわけにもいかなくてコンビニのついでに家の近くまで送ることにした。

「お前こんな近くに住んでんのか」

「だからわざわざ送らなくてもいいって言ったのに」

「さすがにそうはいかねーだろ」

「…うん、ありがとう。あ、もうここだから」

「おう…て、はっ?ここ!?」

みょうじが指さしたのは豪邸と言っても過言ではないほど大きな家で俺は驚いた。

「ねえ倉持、家来る?」

「は?」

「ダメ?」

「いや、ダメってお前」

何を考えているんだ。こんな時間に男を家に上げるなんて。そんなのダメに決まってるだろう。

「あ、そっか。ご飯は寮で出るんだっけ。ごめんね、忘れてた」

「飯?」

「うん。せっかく送ってくれたしお礼にどうかなって。と言っても作ったのはお母さんなんだけどね」

「ああ…母さんね、はいはい」

こいつの実家なんだからそりゃ親だっているよな。それを何で俺はみょうじひとりだと思ったのか。
勘違いしてしまって恥ずかしいのを隠すために口元を手で覆った。

「上がってってよ」

「あー…、突然行っても迷惑だろ、普通」

「そんなことないと思うけど」

それからしばらく家の前で押し問答をしているうちに、俺がみょうじを脅しているようにでも映ったのかご近所さんに怪しい目で見られてしまった。
うっとたじろいでいる隙に腕を掴まれ強引に家に連れ込まれてしまった。
お前の積極性は色々間違っていると思うぞ、みょうじ。

「ただいまー。お母さん、友達来たんだけど…。あれ?」

出されたスリッパを突っ掛けてみょうじに続き居間へと続いているらしい扉を開けるも明かりが点いていない。みょうじも首を傾げている。

「あ、メール来てた。突然仕事が入りましたって…」

「両親いねーのか?」

「うん、お父さんは今日夜勤だし」

「兄弟とかは?」

「一人っ子」

「てことは、誰もいねーのか」

「そうみたい。…えへへ」

さて、この状況で俺は一体どうするべきだったのか。俺は判断を誤った。


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