諦めるつもりは毛頭ない

珍しく何もない放課後の教室でみょうじと二人取り留めのない話をしていた時、ふと疑問がわいた。

「なあ、みょうじってどんな奴が好みなの?」

「…急だね」

「あんまり浮いた話とか聞いたことねーからさ。どうなんだろうかって思っただけ」

というのはもちろん嘘で、本当はみょうじのことが気になって仕方ない。内心では俺自身にどこか一つでも好みに近しい点があればいいのにと思っている。それこそ何でもいい。背が高いだとか、本当にそんな些細なことでいい。

「そう、だね…。言葉にするのは難しいけど、何かこう…同じ空気の人とか」

「みょうじと?」

「うん。例えば私は群れたりするのってちょっと苦手なんだけど、同じような考えだとか価値観の人だといいなあって思う」

「ふうん」

確かにクラスにおけるみょうじは少し浮いている。女子数人のグループがいくつかあってそのどこかに属しているのが普通だと思うが、みょうじはどこにも属さず、必要な時にしれっとどこかの輪にいる。立ち回りが器用なのに、それでいて普段はそれを発揮しない。
そのため冷たい印象を持たれがちだが、一対一で話をしてみるとこれが意外とひょうきんな奴でそのギャップに見事嵌ってしまった。

「御幸は?どんな人がタイプなの」

「それ答えなきゃダメ?」

「別に答えなくてもいいけど…。自分だけ聞いといてそれはちょっとずるいね」

「うん。冗談冗談」

さて、一体どう答えたものか。正直この関係も長いことだし、そろそろ崩してもいいんだけど…。みょうじが反応を示すのか。

「好きな人がいるんだよね」

「………」

「同じクラスの奴なんだけど、多分そいつは全く気付いてない」

ほら、案の定無反応。普通こんな話を振られたら、少しくらいもしかして自分?みたいな自惚れや誰だろうかという好奇心が出てきてもいいと思うが、みょうじにその様子は見られない。いつまでこの関係なんだろうか。片想いで一方通行で、気付いてもらえない。もういい加減、終わらせてもいいだろうか。

あまりにも反応が返ってこないことで、自棄になったと言ってもいい。少しでもみょうじを驚かせたかった。

「なあみょうじ、お前のことなんだけど気付いてないよな」

「…え?」

言葉の意味を飲み込めていないのかみょうじは小さく首を傾げて固まった。逃げないようにと、その細い腕を掴むと今度は大袈裟なくらいに体が反応した。

「あ、の…御幸?何の冗談?」

「冗談じゃねーって」

「だって、嘘でしょ」

「嘘でもない」

お前のことが好きなんだけど、どうしたらいい?
畳みかけるように言葉をつむぐと、初めてみょうじの顔色が変わった。白い頬が真っ赤に染まる。それを見て俺の心は急に満たされた。未だに小さくあのとか、えっとを繰り返すみょうじ。

「なあ、今何考えてんの?」

「………」

「嬉しい?それとも、気持ち悪い?」

「あ、う…嬉しい、かもしれない。けどよく…わからない」

少なくとも嫌ではない、ということか?しかし、もしかしたらこのまま押せば付き合えるかもしれないと思った矢先―

「でもごめん。ちょっと付き合うとかそういうのは考えられない」

それまで言葉を選んでどもりがちだったみょうじに、はっきりと振られた。

「どうして」

そんなつもりはなかったのに、気付けばまるで問い詰めるような聞き方になっていた。

「今彼氏とかはちょっと、いらない」

「それは、何で?」

なるべく優しく聞こえるように意識して声音を柔らかくした。これはこれで不自然だったかもしれないが。

「最近まで彼氏がいたんだけど別れて。だからすぐに付き合うとかは…」

ああ、そうだったのか。浮いた話なんて聞いたことがなかったが、実は彼氏がいたらしい。好きな子のことなのに何も知らなかった。

「…すぐにはってことは、ちょっと時間置いたら付き合える?」

「………、わからない」

「そっか。まあ、俺は待つつもりだから、覚えておいて」

何も知らなかった悔しさもあって自分でも少し意地になっているなと思った。だけど諦めるつもりは毛頭ない。俺の言葉を聞いてみょうじはすっかり泣きそうな表情になったが、慰めてはやらない。


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