冷静になれ、考えろ

咄嗟に隠れたのはただの反射だ。理解が追いついた時、嫌な汗が背中を流れた。
体力を落とさないようにと学校の近くを走っていたら、倉持がある家から出てくるのが見えた。
あたりを見渡して足早に帰っていく様が怪しさを増長させる。
何でこんな時間に。確認するまでもなくみょうじの家だ。
ほんの数ヶ月前、みょうじを送るために何度かこの家の前まで来た。

それがどうして、そこから倉持が出てくるんだ。

理由を知りたくて倉持の後をつけ、寮の近くで偶然を装って声をかけた。

「倉持、今帰りか」

「…あ?」

肩をびくりと跳ねさせた倉持は不機嫌そうに返事をした。

「お前何してたんだよ」

「ランニング」

別に嘘はついていない。本当のことだ。
だけど倉持、それを訊くってことは訊き返されるのも覚悟出来てんだろうな?

「お前は?こんな時間に」

「コンビニだよ」

嘘だ。明らかな嘘だ。

「そのわりには何も持ってねーじゃん」

「コンビニ前でアイス食っただけだっつの。何だよやけに絡むな」

俺の追求を鬱陶しがるいつもと違う様子に違和感を感じた。
具体的にはわからないが、こいつは明らかにみょうじと何かがあった。それを隠そうとしている。

無意識に俺の目が細くなったのを見た倉持は再び舌打ちをした。
聡い倉持は俺がつけていたことを察したらしい。

「趣味わりーぞ、お前」

「偶然見ただけだろ。それよりも、」

人のに手出すなんてお前の方が趣味わりーんじゃねーの?
そう言うと倉持はせせら笑った。

「あいつは御幸のじゃねーだろ」

「じゃあお前のって言いたいのか?」

「それも違う。ま、そのあたりわかってねーからみょうじに振られるんだろうな」

倉持がみょうじからその事実を聞かされたということは見当がついていた。それでも直接倉持の口から聞かされると腹が立った。

「珍しく余裕ねーんだな、御幸」

余裕なんか、あるわけない。
好きで手に入れたくて仕方ないのに手が届かない。
それなのに倉持は俺よりもみょうじに近いところにいるかもしれない。
そうやって焦っている状況でいつもと同じ振る舞いなんてできるはずもない。

「まあ、安心しろ。現状じゃ俺もお前と一緒だ」

「…は?」

何かのフォローのつもりか?
思わず険を含んだ目で倉持を見る。

「みょうじは現段階では誰とも付き合うつもりはねーって言ってた。お前もそれで一旦引いたんだろ?」

「………」

「俺もお前も振られてんだよ、みょうじに」

倉持が振られたと聞いて驚いた。
まずこいつがみょうじを好きだなんて知らなかった。

一度頭冷やそうぜ。
倉持はそう言って寮の自室へと戻っていった。
何も言えずにその背中を見送り、俺もまた自室に戻りながら倉持の言葉を反芻する。

現段階でみょうじに付き合うつもりはない。俺もお前も振られた。

一体二人の間に何があった。倉持はどこまで知っている。みょうじは倉持に何を話した。
自分だけが現状を理解していないことが無性に腹立たしい。
頭を冷やすどころか、人目も憚らずに倉持に掴みかかって問いただしたくなった。

冷静になれ。考えろ。今みょうじを中心に何が起こっている。


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