08 混沌
新しく彼女ができる度に思う。彼女なんか面倒くさいだけだってわかってるのに、どうして俺は告白されたらノーと言えないのだろうかと。おそらくこれは本能のようなものなのだろう。モテたいという気持ちがあるのは否定しないし、取材されたり人から注目を浴びるのも嫌いじゃない。女の子からの黄色い声援を受けるというのはなかなかに気持ちがいいものだ。だけど女の子たちの中から一人を選んで付き合うとなると話は別だ。付き合う前は健気で、俺をチヤホヤしてくれていたはずの女の子が、付き合った途端にわがままで自分本位な子へと豹変する様を今まで何度か目の当たりにしてきた。今回の彼女もまさにそのパターンだったわけで、俺はもうそろそろ嫌気が差してきている状態だ。もういい加減学習してもいいんじゃないの?
「…ため息なんて珍しいじゃん。どうしたの?」
スマートフォンが振動して新規のメッセージを知らせた。敢えてアプリは起動せずに通知で冒頭の内容を確認した俺は、どうやら無意識のうちにため息を吐いていたようだ。それに目敏く反応した隣のみょうじがからかい気味に声をかけてきた。
「エース様はそんなに暇じゃないんだけどな〜」
「うん?どういうこと?」
メッセージの冒頭は、次はいつ遊んでくれるの?最近テーマパークにできた新しいアトラクションに私乗ってみたいの、という彼女からのデートのお誘いだった。頭の中で次のオフの予定を思い出そうとして、すぐにやめた。どうせ丸一日空いてるわけでもないし、彼女のために一日を潰す気は毛頭ない。本来オフは休養のためにあるはずなのに、テーマパークなんか行ってられるか。何言ってんの?と怪訝な顔をしているみょうじに向き直り、今度は意識的にため息を吐いた。
「どうしろってんだよ、全く」
「なに、ケンカでもしたの?」
「ケンカにもならねーよ。テーマパークに行きましょうってさ。そこまで暇じゃないし面倒くさい」
頬杖をつきながら簡単に事情を説明してやると、みょうじは何かを察したように神妙に頷いた。前に一度被害を被っただけに、みょうじにも色々と思うところがあるのだろう。
普段は人に恋愛相談なんかしたりしない俺だが、みょうじだけはちょっと特別。毎回困った顔をしながらもちゃんと話を聞いてくれて変にアドバイスを寄越したりもしないから、みょうじだけにはついぺらぺらとありのままを話してしまう。
「どうせ面倒くさいだけなんでしょ?」
「うーん、バレたか。だってああいうところってすごい並ぶじゃん。長時間一緒にいても平気な人じゃないと無理だって。無理無理」
「ふーん?じゃあ誰とだったらいいの?」
あの彼女と行ったところでお互いに我が強いせいでケンカをしてしまうだろうということは火を見るよりも明らかだ。彼女と行かないのであれば誰と行くのかというみょうじの問いに、俺はしばし考え込んだ。俺は誰とだったら平気で丸一日過ごせるだろうか。あいつはどうだ、いや難しい、と悩んだところで、目の前にその答えがいることに気が付いた。
「みょうじだったらいいかも」
「え、私?」
ぱちぱちと目を瞬かせて自分を指さすみょうじ。うん…、みょうじなら別にいい。終始一人で楽しそうにしているみょうじにつられてこっちまで楽しくなりそうだ。並び疲れたという文句も言わなそうだし、むしろ待ち時間を確認しながら次はあれに並ぶと意気込んでいる姿が目に浮かぶ。
適当に話している今この瞬間も含め、みょうじといるのは案外俺にとって居心地がいいらしいことに最近になって気付き始めた。みょうじだったら、きっと付き合っても性格が豹変したりはしない。
「成宮と?…なにそれめっちゃ楽しそうじゃん。カチューシャつけよ、カチューシャ!」
こんなふうにノリがいいところも、今の彼女とは全然違う。…最近、こうやってみょうじと彼女を比較してしまっている自分がいる。彼女のふとした行動にに小さな違和感を感じてはみょうじと比べて、心の中にもやもやとした気持ちを溜めていく一方だ。
「もし、仮に、万が一、みょうじは彼氏ができたらどこに行きたい?」
「…こら、そういうのよくない」
「だって実際彼氏いないじゃん」
「万が一って言われるほど縁がないわけじゃないもん。…で、何だっけ?どこ行きたいかって?」
こいつが一体どんなデートプランを提案するのかが無性に気になって尋ねると、みょうじは腕を組んでうーんと唸った。俯いて伏し目がちになったみょうじのまつ毛が目のふちに影をつくる。
「どっちかの家、かなー?インドア派だから、あんまり外出たくない。お家で楽しみたい」
「…みょうじさんのえっちー」
「え!?いやいや、そんなつもりじゃないよ!」
ふうん、どっちかの家ねえ…。まあ、それも別に悪くないんじゃないの。何を家で楽しむかは措いておくとして。どこであろうと人混みに行くことばかりを考えていた俺にはない発想だった。それ、俺だとしても家に呼ぶ?と何の気なく質問をすると、「ん?前に来たじゃん。別に全然いいよ。彼氏だったらの話だけどね」とあっさり返された。うん、彼氏だったら、ね。
みょうじと話せば話すほどに心の中を違和感が支配していく。確か今までにもこんなことがあった。だけど俺にはこのもやもやとした気持ちが一体何なのか皆目見当がつかない。