07 一転
私が成宮のどこを好きになったかというと、その性格だ。高校に入学したばかりの頃は、何だかクラスに偉そうな人がいるなあ、面倒くさいからあんまり関わりたくないなあ、としか思っていなかった。それなのに最初の席替えで隣の席になってしまい、ちょっとヘコんだくらいだ。高飛車で嫌な奴、私は成宮のことをそう決めつけて毛嫌いしていた。成宮から何かと話しかけられて辟易していた時期もあったと思う。失礼だが成宮の言うことは中身の伴っていない妄言だと思っていた。今成宮にこの事実を伝えたらすごい勢いで怒り狂いそうだから絶対に言えないけれど、とにかく私は成宮に対して偏見を持っていた。
だけどある日偶然うちの学校で行われていた練習試合で投球している成宮を見て、すぐさまその認識は改められた。1年生のくせにマウンドに立って堂々としたピッチングを繰り広げる成宮は、野球に関して私は素人ながらとても輝いているように見えた。少々盛ることもあるにせよ、きちんと実力に裏打ちされた自信と発言だったのだとわかった。私には決してないものだ。その瞬間、自信家な成宮に恋に落ちた。それと同時に不毛な友達生活の始まりである。まあ、よくある話だ。
それから甲子園に出場した成宮は、一夏で英雄にも悪役にもなった。1年生なのによく頑張っていたと考える人もいれば、あの1年のせいで負けたという人ももちろん一定数いた。野球部の内部のことは知らないが、成宮自身どう思ったのかはその後の彼の生活からわかった。私なら絶対に這い上がれない思った、そんな状況でも成宮は結果として自分で這い上がった。成宮は何てかっこいいのだろうと思う。そんな成宮と仲良くなれただけで満足するべきなのだろう。だけど私は成宮のことが好きだから成宮と付き合いたいなんて、叶わない片思いをしている。
「今年も甲子園、出るよね?」
約1年振りに隣の席になった成宮に尋ねた。春の選抜には出場できなかったけど、まだ夏の甲子園がある。そういう期待を込めた質問だったのだがすぐに自分でも愚問だと思ったし、案の定成宮には鼻で笑われてしまった。
「当たり前じゃん。何言ってんの?」
「言ってみただけだからそんな顔しないでよ」
まさかまた成宮と同じクラスになるなんて思っていなかった。ましてや隣の席になれるなんて。これはもしかしたら例の友人の策略か何かなのだろうか。彼女までバッチリ同じクラスという都合の良さが余計に怪しい。少し離れた席からこちらの様子をチラチラと窺っているのが丸見えだ。あとで文句を言わなければならない。
「みょうじは今年も応援くるんだよね」
「うん。最後まで応援するよ」
"今年も"当然のように応援に行くと思われているのが嬉しくてくすぐったい。何の力にもなれないかもしれないけど、私はずっと成宮のことを応援したい。そういえばいつだったか成宮に、「みょうじは友達だからファンクラブの第1号の称号をあげる」と言われたことがある。その時は冗談だとしか思っていなかったのだが、巷では成宮を応援する非公式ファンクラブが存在しているらしいのだから冗談では済まなくなったのだが、ただその時私が成宮に何て返事をしたのか、今となってはよく思い出せない。
「みょうじに応援されると負ける気がしないんだよねー」
ほらあの時なんかさ、とある試合での出来事を楽しそうに話す成宮を見てため息がふっとこぼれた。やっぱりこの距離感が一番安心できる。
「ねえちょっと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「じゃあもうちょっと相槌打つとかしてよ。で、その時雅さんがさ、」
今はホームルームの真っ最中なのだがそんなことはお構いなしの成宮は相槌を打てと無茶を言う。そのうち先生に怒られても私は知らないからね。こんな自由奔放なところも何だか懐かしい。成宮に対してこんなに穏やかな気持ちになれたのは随分久しぶりな気がする。2年生の時は成宮との接点がなくなってしまったせいで余裕がなかったが、改めて成宮のことが好きだと自覚してからというもの私はすっかり開き直っていた。友人に言われた通り春休みのうちに腹を括った形になる。そして今再び成宮と同じクラスになった。残りの高校生活を成宮と一緒に過ごすことができることがとても嬉しい。
「成宮ー、あと5分でいいから黙ってろ」
担任の先生に名指しで注意され、どっとクラスのみんなが沸いた。すんませーんと全く悪びれた様子のない返事をして、ちょっと物足りなさそうにしながらも成宮は口を閉じた。そんなに焦って色々喋らなくても、これから一緒にいれるんだから。
△▽△「あんなに嬉しそうな顔しちゃって」
鏡で自分の顔を見てみなって言いたいくらいだったよ、と箸でおかずをつつきながら友人が言った。今日は学期はじめということで授業もなく昼過ぎには全てが終わった。真っ直ぐ家路についても良かったのだが、久しぶりに友人と会えたし食堂も通常通り営業しているとのことだったので一緒にお昼を食べることにした。
「え、嘘。私そんな顔してた?」
だとしたらとても恥ずかしいと思わず頬に手を当てたのだが、友人はいやいやいやと手を振った。
「なまえのことじゃなくて、成宮くんよ。もう嬉しくって仕方ないみたいな顔してたじゃない、気付かなかった?」
「…大体いつも通りだったと思うけど」
確かに今日はちょっとテンションが高かったが、それは私も同じで新しい環境や、成宮や友人と同じクラスになれたことにわくわくしていた。成宮もきっとそうなのだろうと思っていたが、友人曰くそうではないらしい。
「前から思ってたけど、成宮くんってなまえと一緒にいる時、すごく嬉しそうな顔してるよ?他の子とは明らかに違うと思う」
「それは私が友達だからじゃないかな?」
「んー…、そうかもしれないけど、でもそれだけじゃないと思うんだけどなあ」
言われて思い出したのは彼女と話していた成宮の横顔。あの時の成宮はとても楽しそうだった。だからきっと彼は自分と仲の良い人といる時はいつもあんな感じなのだろう。しかし、まだ納得がいかないといったように難しい顔をする友人。だけどもし、友人の言うように周りから見て私と話している時の成宮がすごく嬉しそうに見えるのであればとても嬉しい。
「もう好きだって認めることにしたんだね」
「誰かさんに腹括れって脅されたからだよ」
「うんうん、良いことだね」
まるで自分のことのように親身になって考えて一緒に喜んだり悲しんだりしてくれる私の大事な大事な友人と、また今年も同じクラスになれた。私は捻くれ者だから本人に伝えることはしないけど、こっそり心の中で思った。また楽しくて大変な一年になりそうだ。