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02 痛感

雨特有の土が混ざった匂いがした。ああ今日は雨が降るんだったっけ、と後悔してももう遅い。午後から雲行きが怪しくなり始めた空は、今やどす黒い雲が広がりしとしとと雨を降らせている。そういえば今朝お母さんに傘を持っていきなさいって言われたのをすっかり忘れていた。靴を履き替えたはいいものの、この雨の中帰る勇気がなくて昇降口で立ち尽くす。誰か方向同じの知り合い通らないかな、などと都合のいいことを考えてはみたけど、普通はそんなに上手くはいかない。

「困ってるみたいだね」

幻聴なんじゃないかと思った。帰宅の波は随分前に捌けていて、もう校舎に残っている人なんてほとんどいないはずだ。それなのに私の耳は聞き覚えのある声を捉えるなんて。こんなタイミングよく現れるとは、さすがわがまま王子の称号をほしいままにしているだけある。

「成宮さん、いえ成宮様」

「傘ないの?こんな大雨なのに?」

「仰る通りです…」

「ふうん」

顎に手を当ててしばらく思案するような素振りをみせた成宮は、自分の手にある傘をずいっと私の方へ差し出した。もしかして、貸してくれる…ってことなのだろうか。傘を受け取って良いものかわからなくて首を傾げると、傘の柄を手首に引っかけられた。

「傘借りてもいいの?」

「どうせ安物のビニール傘だしあげる。それよりさあ」

何を企んでいるのか、吊り上げた口角と細められた目が怖い。傘の代わりとして一体私は何を成宮に返せばいいのやら。ごくりと生唾を飲んで成宮の言葉を待つ。彼の"お願い"に対していい思い出は一つもない。例えば、「告白の返事をしなきゃいけないんだけど、部活が忙しいからみょうじ代わりにごめんって言っといて」とか。あの時は本当に気まずかった。

「そんな身構えないでよ。今度の学年末テストでちょっと俺を助けるだけだからさ」

「いいけど…。科目は?数学、英語?」

「その両方」

「うん、わかった」

何だそんなこと、と正直拍子抜けした。ちょっと勉強を教えるくらいならお安い御用だ。今回は成宮の"お願い"の中でもかなり易しい方で良かった。
これで何とか家にも帰れそうだとふっと安堵のため息をついた。あとは成宮と一緒に寮まで相合傘で行って帰ればいい。

「送ってくれなくても大丈夫だよ」

「濡れるよ?いくら成宮でも風邪ひくよ?」

てっきり途中まで一緒に行くものだと思っていたから、送らなくてもいいと言われるのは予想外だった。予備の傘を持っている様子もないし、さすがにこの土砂降りの雨の中で濡れて帰れば成宮だって風邪をひくだろうに…。

「ふっふっふ」

「え、何?」

「入れてもらうから」

「誰に…?」

不敵に笑う成宮が不思議だったけど、誰にかと聞いてすぐ気が付いた。そんなの決まりきっているじゃないか。彼女以外にない。
私が困っている時に助けてくれる成宮は、もう誰か別の人のものになってしまったんだ。そのことを妙に実感してしまって、胸の軋むような痛さに眉を顰めた。別に成宮が彼女を作るのはこれが初めてというわけでもないのに、何を今更。

「リア充は爆発してください」

「まあまあ、僻むなって」

「うるさい、バカ。じゃあね」

これ以上成宮の口から彼女のことを聞きたくなくて、貸してもらったばかりの傘を開いて外へと一歩踏み出した。バカ呼ばわりしたことに対して、後ろから成宮の抗議の声が聞こえるが、激しい雨音のせいにして聞こえない振りをした。あーあ、胸が痛い。

△▽△


次の日のお昼休み、クラスの女の子たちと輪になってお弁当を囲んでいた。こういう時、話のネタは専ら恋愛に関する噂だ。どうやら最近の旬のネタは成宮らしく、未だに毎日成宮の名前を聞いている。

「後輩の女の子だって」

「えー、今度は後輩にまで手を出すか」

「いやいや、手を出したのは後輩の方らしいよ」

「まあ、成宮目立つもんね」

私はそんな会話が飛び交う中で黙って咀嚼を続ける。まるで美味しいおかずに当たって感動しているかのように咀嚼し続ける。成宮の彼女についてはあまり考えたくないから早く終わらないかな、と願いつつ。

「なまえって成宮くんと仲良いよね。何か聞いてないの?」

やっぱり来た。そのうち私に聞いてくるだろうとは思っていた。私が成宮のことを好きだなんて露程も知らない人たちだから悪気は一切ないんだろうけど、どうしても胸に重くずっしりと響くものがある。さすがに名指しで聞かれてしまったとあってはおかずに集中することもできない。

「別に何も。そういう話をする間柄でもないし」

「ふーん?冷めてるねー」

何がおかしいのかケラケラと笑う女の子を私は無視した。本当は冷めているどころか、誰よりも成宮の話題には敏感なのに。唯一私の気持ちを知っている友人が気遣わしげに視線を寄越してきたけど、他の子に気取られたくなくて気付かない振りをした。

「あ、噂をすれば」

「みょうじ!」

教室の入り口に背を向けて座っていたから気付くのが一瞬遅れた。よく知った声に名前を呼ばれて振り返れば、確かに噂をすればだ。教室まで来るなんて珍しい。ちょいちょいと手招きをされたのでみんなに一言断りと、それから何でもないからと牽制を入れて席を立った。変に勘ぐられるのは必至だが一応。

「どうしたの?わざわざ教室まで」

「ちょっと確認しようと思って」

「何を?」

「昨日の約束」

「…ああ、テスト勉強に付き合うってやつか」

「そういうこと!来週からテスト週間だからさ、部活もしばらくないし放課後よろしく」

にひ、と満足そうに笑う成宮。その顔がちょっとだけ可愛いとか思ってしまったのは絶対内緒だ。昨日の他愛のない会話を約束だと言ってわざわざ確認しにくるのもちょっとだけ可愛いけど、可愛いけど…。惚れた弱味ってやつだろうか。
だけどテスト勉強とはいえ大丈夫なのだろうか?学校で勉強するにしても二人でいることになるが、ちゃんと彼女から了承を得ているのだろうか。

「じゃあ来週忘れんなよ」

「えっ、あ」

待って、と声をかけようとしたが成宮は早々と廊下を駆けて行ってしまったせいで完全に聞くタイミングを逃した。まあ、本人が気にしてないみたいだし大丈夫なのだろう、…多分。一人納得して教室に戻ると、好奇心を抑えきれないといった表情の友人に何を話していたのかと取り囲まれてしまった。

「しばらくなまえにはキツイかもね」

「ん、まあ慣れっこだから大丈夫だよ。成宮が彼女作るの初めてじゃないし」

一体何を話していたのか、彼女について何か聞いたのか。興味津々といった様子の友人たちに根掘り葉掘り聞かれて、まるで尋問されているような気分だった。これだからあの子たちには絶対に私の気持ちを話したくないんだ。きっと面白おかしく他人に吹聴される。
何とか疑われない程度に躱し続けたが、さすがに疲れた。成宮の噂が立つ度にこうだ。もう、いい加減好きでいるのをやめられたら楽なのに。

毎回新しく彼女ができる度に成宮は、嬉しそうな顔をして私のところにやって来ては「彼女ができた」とにやりと笑う。それからまたしばらくして「やっぱり別れる」と難しい顔をして言う。そんなことをどうして私にいちいち報告するのか。初めこそ成宮に聞いたのだが、「え、だってみょうじだし」というよくわからない回答をいただいた。さらには「みょうじもそろそろ彼氏くらい作れよ」というご忠告でノックアウトされて以来、もう何も聞かないことにした。
きっと本人はすごく真面目に付き合っているつもりなのだろうけれど、その噂の立つ回数が、付き合うにせよ付き合わないにせよ人よりも多いだけに悪目立ちしてしまっている。成宮はそんな目立ち方でも嬉しそうで、気にも留めてないみたいだが。

「こっちを見てくれる日なんて来るのかな」

「さあ」

「でも、私は成宮の中のその他大勢にはなりたくないんだ」

ひどく矛盾していることは自分でもわかっている。成宮に告白するその他大勢の女の子になるくらいなら、唯一無二の友達でいたい。でも本当は心のどこかで成宮の彼女になりたいとも思っている。
机に突っ伏して泣きそうなのを我慢していると、頭を撫でられた。何も言わずとも気持ちを理解してくれる友達がいて本当に良かった。