01 憂鬱

高校生というのは色恋沙汰にとても敏感な年頃だ。誰と誰が付き合っているだとか、別れそうだとか、他人のことを事細かに把握することがそんなに楽しいのだろうか?と疑問に思うこともあるが、集団の中で仲良くやっていくためにある程度は人間関係を把握しておかなければならない。うっかり友人の好きな人を好きになってしまった日には修羅場が待っているに違いないからだ。だから、たとえクラスや学年が違ってもすぐに色んな情報が泳ぎ回る。それはもう、尾ひれを付けてすいすいと。

「成宮くん、また彼女できたって」

どうして知りたくもないのに自分の好きな人に彼女ができたという悲しいお知らせを聞かなければならないんだろうか。今日の朝学校に来てからこれで4回目だ。成宮に彼女ができるのがそんなに重要なのかあなたたちは。

「知ってるよ、もう聞いた」

「だと思った。朝からすっごい不機嫌だったから」

「わかってるならいちいち報告してくれなくてもいいよ…、結構落ち込んでるから」

「…ねえ、なまえ。そんなに好きなら少しは自分から動いてみたらどうなの?」

おそらく相当ひどい顔をしていたのだろう。私の様子を見かねた友人からの忠告に対して何も言い返すことができない。彼女に図星をつかれたからだ。
1年生の時、同じクラスになった成宮に恋をしてから今日の日までずっと、約2年間私は成宮に恋をしている。クラスは離れてしまったけれど、この1年で成宮への気持ちが変わることはなかった。
春、夏、秋、そして冬。どの季節でも変わらなかった。
どうしてこんなに好きなんだろう。成宮のどこが好きなんだろう。何度も自問自答してみたけど、今でもはっきりと言葉にできない。好きなものは好きだから仕方ないじゃないか。

「3年生になって、同じクラスになれたらね」

だけど私は、一度たりとも自分から何か行動を起こしたことがない。今だってこうして彼女ができたという事実を無視して逃げようとしている。成宮と真正面から向き合うことができない。
どうせ同じクラスなんかなれないだろうけど、と余計な一言を付け加えると、呆れ顔だった友人は諦めの表情を浮かべてため息をついてしまった。

△▽△


「おー、みょうじじゃん」

名前を呼ばれて振り返ると、丁度成宮が向こう側から駆けてくるのが見えた。できることなら今日は会いたくなかったんだけど…見つかってしまったなら仕様がない。朝から抱え続けた鬱々とした気持ちを無理やり振り払って成宮に向き直る。

「成宮じゃん」

「いえー」

にこにこ笑顔でやってきた成宮はやたらとハイテンションで、よくわからないまま為されるがままにハイタッチを交わした。何だこれは。もしかして新しい彼女に浮かれているのだろうか。ここ2年間で何度も体験したことなのに、やっぱり何度目だろうとこの瞬間は胃が縮み上がる感覚がする。だからせめて、せめて少しでも傷付きたくなくて自分で話の主導権を握ることにした。

「そう言えば聞いたよ、成宮また彼女ができたんだって?」

「んふふ」

「気持ち悪い笑いやめて」

きっと成宮がしたくてしたくてたまらないであろう話を振ると、成宮は顔を綻ばせて嬉しそうに笑った。成宮が嬉しそうにすればするほど私の気持ちは徐々に萎んでいく。またかという諦めと、できることならば聞きたくなかったという悲しみが入り混じってもう私の胸の中はぐちゃぐちゃだ。

「気になる?」

「べっつに。今さら成宮のことなんて気にならないけど」

「うわっ。みょうじ可愛くねー」

可愛くないなんて、そんなの知ってる。だけど成宮から切り出されるのが怖いからって、わざわざこっちから触れたくもないことに触れているんだ。もう少しそのあたりの機微を成宮には理解してほしいところだが、それは無謀というものだろう。私の一言にむっすりとして頬を膨らませた成宮をからかって笑っていると、軽くチョップをお見舞いされた。

「ちょっと、暴力反対!」

「可愛くないみょうじが悪い!」

「成宮の方が悪い!」

成宮のアホ!みょうじのバカ!と、結局まるで小学生みたいな言い争いに発展してしまった。こんな関係なのに突然「成宮のことが好きなんです」なんて本人に言えるわけがない。私が動けない理由の一つはこれだ。あまりにも今の関係が心地良いから。成宮も私も互いに遠慮がなくて何だって言い合える。

「ていうかさ、みょうじスカート短すぎない?」

突然話が変わるのもいつも通り。なるべく成宮の彼女の話を広げたくないと考えていた私の目論見通りになった。
だけどまた変なところに目をつけたものだ。スカートの丈ですか。私の足をじろじろと舐め回すように見てやれやれと頭を振る成宮に少しだけむっとした。ちょっと失礼じゃない?

「んー?みんなこんなもんでしょ」

「足晒すのやめなよ」

「晒すって言い方はちょっとひどくない?綺麗なおみ足に向かって」

「綺麗なってどこが?太もも見せずに膝までスカート下ろした方がいいんじゃないの」

「それはちょっとない」

決して人並以上だとは言えないかもしれないが、それでも成宮にそこまで言われる筋合いはない。完全に頭にきた。前言撤回、何でも言い合える関係じゃない、成宮は私に対してもう少し遠慮するべきだ。むすっとして成宮を一瞥すると、成宮は私の気圧が下がったことを敏感に察知したようで途端にからかい口調をやめた。

「冗談だって。みょうじはわりと足綺麗だからさ」

「…今更そんなこと言っても遅い」

「本当本当。だからこそあんまりスカート丈上げて見せびらかすのやめなよ」

見せびらかすって…どういうこと?成宮の言っている意味がよくわからなくて尋ねたが、言葉を濁して曖昧な返事しか返ってこなかった。別に彼氏でも何でもないんだから、成宮には関係ないじゃん…。ぶすくれてそう言うとまた何とも言えない表情をされた。

「とにかく!あんまり短くするの禁止!」

びしっと指をさして宣言する成宮が何故か偉そうで腹が立ったのでほっぺたを思いっきり抓ってやった。
私たちはいつまでこんな関係が続くのだろうか。
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