反則も悪くないなと思いました

文化祭の準備のために午後の授業がなくなった瞬間、降谷くんが消えた。
どうせ降谷くんのことだからどこかでこっそりとお昼寝でもしてるんだろうと暢気に構えていたが、さすがに準備の段からサボられるとクラスの士気に影響する!とやる気満々の女の子たちは怒っていた。
そのため「なまえは降谷係なんだから今すぐ連れ戻してきて」とひどく理不尽に思える命令に従って、今こうして校舎を捜索しているところだ。
さて一体降谷くんはどこにいるのだろうか。

少しばかり天然の気があって扱いにくい降谷くんと仲が良い私を、揶揄しているのかクラスの子たちは降谷係と呼ぶ。
背が高くて顔も綺麗、おまけに野球部で一年伊達らにレギュラーを獲得したとあって、彼の注目度は非常に高い。
お付き合いをしたいと思っている子は、きっと一人や二人じゃないだろう。
…残念ながら本人があんな感じなので、気付かれているかは怪しいが。

だから降谷係というのは、私のことを敢えて保護者のようなポジションにするために付けられた名称。
保護者なんだからさっさと私たちのところに連れ戻してよ。そんな声が聞こえてきそう。

だけど、知らないよ?
私だって降谷くんのこと狙ってるんだから。

校舎中をくまなく探してみたけれど降谷くんは見つからない。もうこれは外に出てしまっているのでは…、とため息をついた。
屋上から探したらもしかして見つかるかな。
ダメもとで屋上まで足を運びドアを開けると、なんと降谷くんが昼寝をしていた。

「こんなところにいたんだ」

日陰で壁に凭れるようにして、すやすやとそれはもう気持ちよさそうな寝顔。
ああもう、まつ毛長いの羨ましいし、何で寝顔がこんなに可愛いの!
薄らと開いた唇は潤っていてどこか艶めかしい。

こんな無防備な姿を凝視するのは失礼だとはわかっているが、降谷くんをもっと近くで見たくて心の中で詫びを入れながら正面に回り込んだ。

「おお…」

これは…。近くで見てもやっぱり綺麗。可愛い。
こんな可愛い寝顔、独り占めできたらいいのに。

ねえ、降谷くん。知らないと思うけど、私降谷くんのことが、

「…すきだよ」

その無防備な姿を前にして、積もり積もった気持ちが零れ落ちた。
私のものになってくれないかな。独り占めしたいよ。

クラスの女の子たちは互いに牽制しあって、誰かが一方的に想いを告げないようになんて馬鹿みたいな密約を結んでいる。
そんなに誰かにとられるのが不安なら自分から動けばいいのに、そんな勇気はないって矛盾してる。
だから、こんなのは完全に反則。

「それ、本当?」

「え?」

突然腕を掴まれてバランスを崩した。それを大きな手で受け止めてくれたのは、まぎれもない降谷くん。
そう理解した瞬間、一気に鼓動が速くなった。

「ふっ、降谷くん!」

「おはよう」

「…おはよう、ございます」

掴まれた腕がやたら熱い。頬が紅潮しているのが自分でもわかるから顔が上げられない。
頭上から降ってくる降谷くんの声は、寝起きのせいか少し掠れていた。

「って、そうじゃなくて!ちょっと離して!」

「どうして?」

「どうしてって、そんなの…」

「ねえ、好きって本当?」

「や、やだ、起きてたの?」

「うん」

ねえ、本当?
念を押すように再度問われて言葉に詰まる。
好きなのは本当だけどまさか本人に聞かれるとは思っていなかった。もしこれがクラスの子たちに知れたらどうなるんだろうか、考えただけで面倒くさい。

何て答えたものだろうかと悩んでいると、降谷くんがどこか心配そうな表情で覗き込んできた。
そして彼と目が合った瞬間、私の悩みは一瞬にして吹き飛んだ。

普段は無表情なくせに、何でこんな時だけちょっと頬なんか染めちゃって、挙句の果てに困ったみたいに眉を下げるかな…。

「すき、だよ。前からずっと」

可愛いって思っちゃったから、もう負けじゃない。

「みょうじさん、こっち向いて」

「なに、んっ…」

ほんの一瞬、唇が触れて離れた。
ぽかんとしている私を余所に、余韻もそこそこ降谷くんは再び顔を近付けてくるものだから必死で抵抗した。

「ちょっと、待って!何!何をしてるんですかあなたは!」

「…好きなんでしょ?」

「そ、そうだけど…。え、待って、どういうこと?」

彼の行動に理解がなかなか追いついてこない。人に好きかどうかを尋ねておいて、キスって。それは、それはもしかしてもしかするのか…?

「降谷くん、私のこと好きなの?」

「うん」

と、非常にあっさりと返事をされて耳を疑った。さっきから心臓が痛いくらいに跳ねている。
耳鳴りのせいで聞き間違えたのではと一瞬考えたが、何を思ったのか私が何もしゃべらなくなったのをいいことに、再びキスをされた。

こんなことが起きるなら、正直反則も悪くないなと思いました。

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