きゅんって音がするらしいです

春市はただの幼馴染。そう、本当にただの幼馴染のはずだった。

「なまえ」

それなのに、春市が私の名前を呼んだだけで大きく心臓が跳ねるのはどうして?

「春市…、おかえり」

「うん、ただいま」

久しぶりに地元に戻ってきた春市にそう言うと、少し照れたようにはにかんだ。
春市がこの土日を利用して帰ってくるということは聞いていたが、まさか学校帰りの私を迎えに来てくれるとは思っていなかった。

「土曜日も授業?」

「うーん、何か補習みたいなの。出ても出なくてもいいんだけど、一応ね」

「なまえは相変わらずだね」

「春市だって相変わらずだよ」

相変わらず春市の頭の中は野球とお兄ちゃんの亮介のことでいつもいっぱいで、私が付け入る隙なんてないんだ。

家が近くて幼馴染だから三人でずっと兄弟みたいに一緒に過ごしてきた。亮介は春市のお兄ちゃんでもあり、私のお兄ちゃんでもあった。
だからなまえと春市は双子の姉弟みたいだねっていつも家族に言われていた。

それがある日亮介が家を出ることになって、今度は春市まで亮介を追いかけると言い出したものだから、おじさんとおばさんはすごく寂しそうだった。
私だって本当はすごく寂しかった。
私も二人と同じ高校に行きたかったけれど、二人と違って明確な目的もない私が家を出てまで東京に行きたいだなんて到底言い出せるはずもなかった。

「どれだけ仲良くても、いつかは離れ離れになるんだね」

家を出ていく前、私は春市に思わず八つ当たりをした。
春市の顔は見ていない。私自身、涙を堪えるのでいっぱいいっぱいだったからだ。

「なまえ、」

名前を優しく呼ばれてもろくに返事もできずにいると、額にふわりと柔らかいものを押し付けられた…ような気がした。

「また一緒になれるから」

その時は春市が何を言っているのかよくわからなかったけど、後々になってようやく理解できた。
あれは春市なりの告白だったのだろう。
だけど私はまだその真意を確かめられていない。

「なまえ、なまえ」

「えっ、何?」

「ぼんやりしてるけど、大丈夫?」

足元に伸びた二つの影をじっと見つめていたせいで、春市に呼ばれていることに気付くのが遅れた。
全然大丈夫、と答えて再び視線を足元に落とした。
昔は三人で並んでも影の長さなんて大して変わらなかったのに、今では春市の方がちょっとだけ長い。

「亮介は?」

「もう家にいるよ」

「そっか。久しぶりに何して遊ぼうね」

「なまえの近況とか聞きたがってるみたいだったよ」

「んー?とても平凡な毎日ですよ」

「平凡な毎日って何してるの?」

自分たちは野球しかしてないからよくわからないんだと笑う春市が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。
私の気のせいかもしれないけど。

その時、私たちの後ろから自転車がやってきた。私より早くそれに気付いた春市が自転車から庇うように私の腕を引いた。

「あ、ありがと」

「どういたしまして」

「…あのさ」

「うん?」

「何でもない」

だけど聞けない。確かめたいのに聞けない。
どうしてあの時あんなことを言ったの?
どうして今、私たちは手を繋いでるの?

恋に落ちる時、心臓からきゅんって音がするらしい。
私の心臓は春市に会ってからずっときゅんきゅん鳴りっぱなしだ。

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