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「#切ない」のBL小説を読む
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君はおくすり

※年齢操作をしています。苦手な方はご注意ください。

ひどく嫌なことがあった。
たいして仕事もできないくせに八つ当たりだけは一人前の同期に、散々ミスを押し付けられた。私のミスじゃないのに、そう訴えたかったけれど上司に口ごたえをするわけにもいかなくて黙ってただ怒られていた。
心が壊れそう。ぽっかりと穴が開いたみたいに虚しい。
夜ご飯を食べる気力も起きないから、今日は家に帰ったらすぐにシャワーを浴びて寝よう。

誰もいないはずの家のドアを開けると、おかしなことに電気がついていた。
もしかして泥棒…?
そう思った瞬間に身を固くして中の様子を窺うと、リビングへと続く扉の擦りガラスに人影が映った。

「おかえり」

「………、ああ」

「何かあったの?」

「泥棒かと思った…。亮介か。来るなら来るって事前に」

「携帯。連絡したんだけど、一応。どうせ見てないだろうなとは思ってた」

ポケットから自分の携帯電話を取り出して軽く振ってみせる亮介。
事前にちゃんと連絡してくれないと迷惑―と言おうとしていた私は慌てて口を噤んだ。携帯を見ていない私が悪い。

「…で?何しに来たの?」

「随分とまあご挨拶だね。久しぶりに彼氏に会ったっていうのに」

「………」

「ま、何があったか知らないけど、八つ当たりする元気があるならちゃんとご飯食べなよ。簡単にだけど作っておいたからさ」

何から何まで私のことを見透かしたような発言に驚いた。それと同時に、亮介に八つ当たりしているということを指摘されて、あの嫌な同期と同じことをしている自分に気付いて嫌気が差した。

くるりと背を向けリビングへ戻っていく亮介を横目に、足の痛くなるヒールを脱いだ。

「ちょっと先にメイク落としてくる」

「じゃあついでにシャワー浴びてきな。ご飯もう一回温めておくから」

「ん…。じゃあお言葉に甘えて」

脱衣所でストッキングを脱ぎながらふと考えた。最後に亮介と会ったのは一体いつだっただろうか。軽く2か月は遡るような…。
あれ、最後に連絡を取った時って、私の仕事が休みだったのに亮介は大学のテスト前だとかで会えなくて大ゲンカした気がする。

*
*
*

テーブルの上に並べられたお皿には、見た目はちょっと不恰好だけどとても美味しそうな料理。

「…え」

「何?」

「これ、亮介が?」

「そうだけど、何か文句ある?」

「いや、こんなに料理できたっけって…。何か私の知ってる亮介じゃない」

私の知ってる亮介は、高校時代から続いているらしい寮暮らしのおかげで洗濯など身の回りのことは自分でできるものの、料理だけはできなかったはず。それなのになぜ。

「なまえがちゃんと俺のこと知らないだけでしょ」

「そ、そうなの?」

「はい、冷めるから無駄口叩かずにさっさと食べな」

「あ、はい」

手を合わせていただきます。夜ご飯を食べずに寝るつもりだったが、目の前にこうして出されて初めて空腹を感じた。
お味噌汁から手をつけて啜ると、体がぽかぽかと温かくなってすとんと嫌な気持ちまでが胃の中に落ちたような気がした。

「近頃、大学の方はどう?」

「どうって、別にいつもと変わらない」

「ふうん、そっか」

「………」

「………」

「仕事は、どうなの?」

「んー…、まあ、ぼちぼち?」

「ぼちぼちの人が、あんな眉間に皺を寄せて家に帰ってこないでしょ」

「え、寄ってた?」

「うん、縦に4本も」

そんなに怖い顔をしていたということに指摘されて初めて気が付いた。思わずぐりぐりと眉間を伸ばす。まだ20代なのに皺ができるのは嫌だ。

机の向かいに座っている亮介は頬杖をついてじっとこちらの様子を見ている。そんなに真正面から見られると些か居心地が悪い。さらに最後の思い出が大ゲンカだというのが微妙に気まずい。喋るのを躊躇ってしまう。

そのままお互いに無言で食事を終えてお皿を流しまで運んでくると、亮介は今度ソファに座っていた。ぽんぽんと隣を叩いて座るよう促される。
2人掛けのソファはお互いの距離が近くなってしまうので避けたいのが内心だが、この状況では致し方ない。

「寄り掛かりなよ」

「え、どこに?」

「俺の肩」

「何で?」

「いいから」

強引に頭を引き寄せられて、久しぶりの亮介の匂いにくらっとした。何だこの匂い。
よくわからない懐かしさが胸を迫り上げてきて、鼻がツンとした。全く意識をしていないのに、涙が次から次へと勝手に零れてくる。

「あ、あれ…?」

「なまえ」

「え、やだ…何これ」

「なまえ、無理しすぎ。頑張りすぎ。たまには頼ってよ。一応彼氏なんだから」

ぐずぐずになった鼻を啜って零れる涙を拭う。"頼ってよ"なんて言ってくれる人は今身の回りにいないと思ってただけに、亮介に弱いところを突かれた。

「年下だからって頼ったらダメだと思い込んでる変な彼女」

「私、そんな態度に出てた?」

「うん。そんな肩肘張らなくても、俺の前では泣けばいいよ」

その言葉を聞いて、胸にぽっかり開いていたはずの穴が塞がっていくような気がした。
そうか、亮介の前では頑張らなくていいんだ、弱音を吐いてもいいんだ。

「でも…最後にケンカしたよ…?」

「いつの話ししてんの。そんなこと引きずるような俺だと思う?」

「…思わない」

亮介の手が目元に伸びてきて思わず瞑ると、優しく涙を払われた。そしてそのまま額と唇には優しく唇が降ってくる。
家に帰るまで胸にあったやり場のないイライラは、亮介の言葉や行動で全て溶かされてしまった。今では嘘みたいに心がすっきりしている。

亮介は私の心のおくすり。私はもう、亮介がいないとダメかもしれない。

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