二番手で甘んじてあげる

「失恋した。盛大に失恋した。笑いたかったら笑ってもいいよ」

放課後の教室で窓際に寄り掛かる成宮にそう言った。好きだった。ずっと好きだった人に実は彼女がいたなんて知らなかった。ちゃんと声もかけたことないのに好きという気持ちばかりが膨らんで、気が付いた頃には手が付けられなくなっていた。

「ふうん、それはそれは」

「こんな時に慰める素振りも見せないなんて、さすが成宮だね」

「泣いてたら話は別なんだけどね。そんな怒った顔で慰めろなんて言われても、土台無理でしょ」

「そっか」

「うん」

それでもずるずると壁を伝って座り込んだ成宮は、そんなことを言いながら私が泣けるよう、自分からは私が見えないよう気を遣ってくれたらしい。そんな成宮に甘えて私はツンとする鼻を小さく一回啜って、涙腺を解放した。

「一体そいつのどこが好きだったわけ?」

「………」

「無視かよ」

「や、よくわかんない。話したことないし」

「はあ?それでよく失恋したとか言えるね。今時小学生でももう少しましな恋愛してるんじゃないの」

「仕方ないじゃん、好きだったものは」

「ふうん」

自分から聞いておいて気のない返事をする成宮にちょっと腹が立って、軽く拳を振り下ろした。痛いんだけど何すんの!と抗議の声をあげる成宮とばっちり目が合ってしまった。

「みょうじは泣いたら不細工だ」

「泣いて可愛い女の子なんて信用しちゃいけませんよ」

「何それ。意味わかんない」

「もういいからこっち見ないでよ」

もの珍しそうにこちらを見つめる成宮の視線がいい加減鬱陶しくなって顔を手で覆った。

「泣くほど好きだったんだ?」

「うん」

「好きだった」

「………、しつこいな」

「だった、でしょ」

「は?」

にいっと口角を上げて笑う成宮。私はその意図が掴めなくて思わず聞き返す。あれ、そう言えばこいつ部活行かなくていいのかな。

「さっきからみょうじ、好きだったって全部過去形」

「え…」

成宮に指摘されるまで全く意識していなかったけれど、確かに過去形で話していたような。

「そんなすぐに"好きだった"とか言えるようなの、恋じゃないでしょ」

「何か…、言われる相手が成宮なのが悔しいけど、そうなのかな?」

「絶対そうだって」

「何よ。自分だって対して恋愛したことないくせに偉そうに…」

「俺はたくさん告白されるよ、みょうじよりたくさん」

「うるさいよ」

自分でも現金だと思うけれど、この恋は恋ではないと他人に断言されたことで本当にそうなんじゃないかと思い始めた。その証拠にさっきまで頬を伝っていた涙はぴたりと止まった。今まで恋に恋していたのだろうか。

「成宮は何でそんなに告白されるのに彼女つくらないの」

「うーん?」

「エース様はモテるんでしょ?」

「まあね」

誇らしげに胸を張って威張る成宮だけど、エース様は部活に行かないのだろうか。何で放課後に教室に居残っているのだろうか。

「ねえ成宮、部活…」

そう声をかけたところで立ち上がった成宮に突然抱きしめられた。ほんの一瞬時が止まったような錯覚の後で、頬に成宮の制服の固い生地が触れる。遅れた舞い上がった成宮の匂いを吸い込んだ。

「彼女つくりたくてもさあ、その相手が何か他の男見てたんだよね、今まで」

ぽつりぽつりと零れる言葉。首を少し動かして見た成宮の耳が赤い。

「そろそろこっち見てもいいんじゃないの?」

「………、そうですね」

肩に回る成宮の腕の締め付けが一段と強くなった。苦しいと訴えてみたけれど解放する気はないらしく無視されてしまった。

「彼女、なってみる?」

「彼氏が幸せにしてくれるなら」

「うーん…、部活優先であんまりデートはできないかも」

「ふむ」

肩を抱く腕を腰に移動させて少しだけ上体を離した成宮は指折り数えだした。

「マメな方じゃないから連絡はあんまりしない」

「…ふむ」

「俺モテるから、彼女とかお構いなしに告白されるかも」

「あれ、あんまり幸せになれない」

「そんで、みょうじは野球の次に大事かな」

「そこはお世辞でも一番だよって言ってほしい」

果たして幸せになれるのか疑わしい言葉の数々に呆れてため息をこぼす。さすが成宮、こんな時でも自分勝手。でも、さっきまで失恋したって喚いていたのにもう成宮にドキドキしている私も相当な自分勝手。

「趣味の欄に野球と並べてみょうじって書いてあげるから」

「あまり嬉しくないね」

「で、どうするの?」

付き合うの、付き合わないの。二本立てた指をずいっと目前までもってきて私の判断を仰ぐ成宮。さて、一体どうしたものかと考えていたら、突然教室のドアが開いた。未だに成宮に腰を抱かれて密着したままの私たち。

「げっ。見つかった」

「鳴さん、いくら今日自主練だからって…」

「………」

「………」

私の存在に気が付いたのか、その男の子は目を白黒させて、それから顔を真っ赤にした。他人にこんなところを見られた私も真っ赤になる。成宮だけが一人平然としていて、何だか空気が居た堪れない。

「と、とにかくっ早く来てくださいよ!」

失礼しました、と丁寧に私の方に頭を下げたその子は、そのまま廊下を走って行ってしまった。むしろ私が謝りたい。ごめんなさい。

「…成宮、部活行きなよ」

「さっきの返事は?」

机の横にかけてある鞄を手に取って帰り支度をし始めると、成宮にまた至近距離で見つめられる。

「私より優先するんでしょ、部活」

「そうだけど」

やきもきしたように地団太を踏む成宮の背中を押す。今ここで返事をしろと迫られて再びため息が零れる。ほんの十分前まで失恋したと思っていたのに、もう次の恋か。

「成宮の二番手になってあげる」

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