▲▼この手を離したらダメだよ ※試合結果を捏造しています。原作とは異なるのでその点を踏まえたうえで閲覧してください。 握りしめたお守りは、気が付けばくたくたになってしまっていた。 球場の反対側から聞こえる大歓声。最後まで顔を上げて一直線に並ぶみんなの姿に、ぐっと感情が込み上げてきた。私の祈りは届かなかった。 「しけた面してんじゃねーよ。おら、顔上げろ」 「無茶言わないでよ…」 バスに乗り込むまでの隙を見つけて、倉持が私のところへとやって来てくれた。選手はみんなそれぞれ色んな人たちから激励や慰めの言葉をもらっているところだ。 倉持に手渡そうと思っていたドリンクは私の体温ですっかり温くなってしまっていたので、慌てて鞄の中に仕舞った。何だか呆然としてしまっていたため、どうやってここまで来たのかはっきりとは覚えていないけれど、倉持の顔を見てようやく地に足が着いた気がした。 キラリと光る大粒の汗。まだ砂にまみれた体。十分日に焼けて黒いはずなのに、また今日で鼻の頭が赤くなっている。第一試合だったとはいえ、次第に強くなる太陽に私も含めジリジリと焼かれた。今年の日差しは痛いほどに強かった。 しけた面と言われてもこればっかりはどうしようもない。青道が勝ちますように、倉持が勝ちますようにという私の祈りは叶わなかった。決してみんなが弱かったというわけではないと思う。それでも青道は負けてしまったのだ。 「倉持、お疲れ様」 「…おう。ったく、せっかく甲子園に連れてきてやったんだから、もう少し可愛い顔しろよな」 「可愛い顔って言われてもわかんないよ。私今どんな顔してる?」 「サイコーにしけた面」 眉根を寄せる私の鼻を摘まんで、いつものように特徴的な笑い声をあげる倉持。万全の対策をしていたつもりだったけど、私も日に焼けてしまったのだろう、摘ままれた箇所がピリッと痛んだ。 ねえ、倉持。倉持がずっと頑張ってたこと私は知ってるよ。野球が一番。いつもそう言う倉持のことを今までずっと見守ってきたから。倉持の気持ちを全部理解できるなんて到底言えないけど、それでもほんの少しでいいから共有したいって思ってたよ。 「甲子園に連れてきてくれてありがとう。呼んでくれて嬉しかった」 「あー、まあ、みょうじには今まで散々迷惑かけてきたからな。わざわざ呼んだのにこんなところで負けちまってみょうじ怒ってねーかなって正直不安だったんだよな」 「こんなところなんて思わないよ。…だって、倉持は、倉持は、っふ」 その後はもう言葉にならなかった。倉持の前では泣かないようにしようって思っていたのに、そんなことを言われてしまったらもう我慢できない。誰よりも悔しいのは野球部のみんなのはずだから私が泣くのはお門違いもいいところなのに、止まれ止まれと両目を擦っても涙はぼろぼろと零れるばかりだった。 「あっ、こら擦るなよ」 拭くならこれにしとけと、首にかけていたタオルで倉持に優しく目元の涙を拭われた。こんな時まで倉持に迷惑をかけっぱなしだ。 「倉持、ごめん…、本当にごめん」 「何でみょうじが謝るんだよ。意味わかんねー」 零れ続ける涙を止められずにうわ言のようにごめんと言うと、倉持に両頬を包まれて顔を上げさせられた。そして大きな両手で包まれたまま目を覗きこまれる。そんな私たちを見てか周囲の人たちが少しざわめくのが聞こえたがそれどころじゃなかった。倉持から目が離せない。 「こっちこそ優勝できなくてごめん。来てくれてありがとう」 普段の乱暴な口調とは打って変わって、今の倉持は優しすぎる。そんなこと言わないでよ、私に謝らないでよ、言おうとした言葉を全て飲み込みやっとの思いで「うん」とだけ返事をすると、彼は途端に目を潤ませてしまった。 「これで引退かー…、早かったな本当。まだあいつらと野球してーな」 「うん」 「ダッセーけど、悔しい」 悔しいと言った倉持の声が引きつった。ああ、泣くのを我慢してるんだなと思った。 すると倉持は両手を離して自分の被っていた帽子を脱いで、乱暴に私の頭にそれを被せた。帽子が大きいせいで目元までずれてしまったが、そのままポンポンと頭を撫でられる。 「ちょっと泣きそうだからこっち見んな」 涙声でそう呟いた倉持。目線を上げずに足元だけを見ながら倉持の手を取りぎゅっと握った。お疲れ様、倉持。一体倉持が今どんな表情をしているのか気にならないと言ったら嘘になるけど、倉持が見るなというならそれに従おう。握った手にそっと唇を寄せて目を瞑った。 かっこよかったよ、倉持。どんな誰よりも。 back |