応答されたし

一般的に言う恋人同士というものは、おはようからおやすみまで小まめに連絡を取り合って、他愛もないことを毎日毎日共有するものだと思う。少なくとも私はそう思っている。
そしてここで一般的ではない例として、私と私の彼氏の降谷くんが挙げられる。

一週間前、吐き出すようにして募る降谷くんへの思いを伝えた。降谷くんのことが好きなんです付き合ってください、なんて真正面から向き合って伝えたはいいものの、彼の反応は正直あまり良くなかった。
普段から何を考えているのか掴みきれないところがあるけれど、その時はさらに輪をかけて表情から何も読み取れなかった。まさに鉄面皮。
ああこれは駄目なんだろうなと諦めかけた矢先、よろしくお願いしますと至極丁寧にお返事をいただいた。
思わずその言葉を疑ってしまうのも無理はないはず。それほどまでに彼の顔と言動は一致していなかった。
それでも一応、私は降谷くんの合意得た上で正式に彼とお付き合いをしている。

降谷くんはもしかしたらとても恥ずかしがり屋なんだろうか。もしそうであれば、メールを送ることによって直接聞けないような話が聞けるのでは。そう考えた私はさっそく教えてもらったばかりのアドレスにメールを送った。
少しでも降谷くんの新しい一面が見たくて、どんな降谷くんでも知りたくて、文末にきっちりクエスチョンマークを置いたのだけれども、ここ一週間音沙汰なし。

クラスも違えば部活も違う私と降谷くんの接点はほとんどないに等しい。
それでも、移動教室の際に偶然見かけた綺麗な横顔の降谷くんに一目惚れをした日から今日まで、

「本当によく頑張ってるよね、私」

「………、何?」

「ううん、何でもないよ。独り言」

「ふうん?」

隣で小首を傾げた降谷くんはしばらく固まったのち、再び咀嚼を始める。

連絡を返してくれないし、学校で会っても降谷くんから声をかけてくれたことはまだない。私はひょっとしたら彼に嫌われているのだろうかと被害妄想ばかりが膨らんでいた。ついにそんな状況に業を煮やした私は今朝教室の前で待ち構えて降谷くんを直接捕まえた。朝練後の彼は、突然私に腕を掴まれて少し驚いた様子だったけれど、拍子抜けするほどあっさりとお昼ご飯を一緒に食べることに同意してくれた。

そして今こうしてお弁当をつついているのだけれど、相対してしまうと一体どう切り出したら良いものかわからなくなる。降谷くんは相変わらずのマイペースで、特に何を話すでもなく視線を明後日の方向に飛ばしたまま。

何を見ているんだろうか…。
もしかして、思ってたよりも不思議ちゃんなのかな…。

付き合い始めて一週間、彼についての情報は未だ更新されないまま。いい加減この不安を直接ぶつけない限り私の気持ちは晴れない。
そう思った私は腹を括り、降谷くんの方へと向き直ってわざとらしく咳払いをした。何か言い出そうとする空気を察したのか、綺麗な瞳がこちらに向く。

「ねえ降谷くん、ひとつお聞きしたいんだけどいいかな?」

「うん」

「どうして、メールの返信をくれないのかなって」

「メール?」

「うん、メール。私たち、えっと…付き合った日に連絡先交換したよね」

「………、ああ」

ぽんっと手を打った彼は箸を置いてごそごそと制服のポケットを漁りだした。しかしお目当てのものは見つからなかったようで、ポケットに手を突っ込んだまま視線が宙を彷徨っている。

「多分」

「多分?」

「携帯は寮に置いたままなんだと思う」

「うん?思う?」

「メール、くれてたの知らなかった」

「え、もしかして一週間くらい携帯見てないの?」

「うん、ごめん」

なんとまあ。ぽつりぽつりと紡がれる言葉から察するに、無視をされていると思っていたのはどうやら私の勘違いで、降谷くんは毎日の練習のあとすぐさま寝てしまって全く携帯を見ていなかった模様。もうとっくに携帯電話の充電は切れてしまっているだろう。

さすがに一週間も放置したままという発想はなかった私はしばたく呆然とした。散々頭を悩ませたのに事実を聞いてみれば何てことない。安堵やら呆れやらが綯い交ぜになった感情が胸のうちでじわじわと広がっていき、私は目の前の机に力なく項垂れた。

「何だ、よかった…」

「よかったって?」

「降谷くんに嫌われてるのかなあって、私思ってたから」

安堵のため息を吐く私とは対照的に、降谷くんは心なし拗ねたような、むくれたような表情になる。どうして拗ねているのか不思議に思った私は上体を起こして様子を窺う。

「みょうじさんは嫌いな人と付き合う?」

「…いや、付き合わないけど」

「そういうこと」

降谷くんがぐっと身を乗り出したことで彼の顔が目の前にある。澄んだ瞳に初めてまじまじと見つめられて心臓が大きく跳ねた。

「ふる、やくん…?」

顔に熱が集まってきっと頬が赤くなっている、耳も熱い。悟られないように手で隠すもきっともう見られてしまった。自分の心臓の音が降谷くんにまで聞こえてしまうそうなほど大きく鳴る。

「今日はメール返すから」

ほんの数秒のにらめっこの末、頷きながら視線を足元に落とすことで私は完全に負けを認めた。

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