むしろ愛してる

今日の休み時間の出来事を未だ引きずっていた私は部活で小さなミスを連発してしまい、ついに貴子さんに裏に回るよう言いつけられてしまった。
そんなメンタルの弱い私とは対照的に、御幸はいつも通り。
集中しろと窘められたばかりなのに、一人になってしまうとどうしても御幸のことを考えてしまう。
気付けばもう練習が終わる時間になっていた。

「失礼します」

コンコンと響くノックの後に聞こえた声に、一瞬で体が強張った。

「御幸」

「礼ちゃんいないの?」

私の呼びかけを無視するように御幸に問いかけられた。その頑なな声に少しむっとする。

「いないよ」

「ふーん」

きょろきょろと何かを探し始めた御幸を無視して私は作業に戻ることにした。きっと今御幸と話そうとしても無駄だろうと思ったからだ。
御幸は机の上に置いてあるノートを手に取り数ページ捲ってからパタンと閉じた。
遠くの方で雨の音が聞こえる。

「みょうじ、ごめん」

「え?」

「ごめん、あの時ちょっと虫の居所が悪くて、八つ当たりした」

「あ、うん」

こんなにすぐ、しかも御幸の方から謝ってくるとは思っていなくてなおざりな返事になってしまった。
八つ当たり、御幸はそう言った。御幸が人に当たるほど嫌なことがあったらしい。

「何があったの?」

「みょうじが純さんのこと好きって噂が立ってるって言ったろ」

「ああ、それ」

「二人をくっつけようって計画が出てるって聞いたんだよ。悪ふざけに決まってるけど」

「は、はあ?」

ふざけているのか、思わず叫びそうになった。こんな大変な時期に一体何を寝惚けたことを言っているんだ。

「それ誰。ちょっと物申したい」

「まあまあ、一年だから許してやれよ。俺からも言ったし」

一気に頭に血が昇ってついつい語気が荒くなったが、御幸からすでにお叱りを受けたらしい。それならばもう私が言うことは何もないはずだ。
気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐いた。

「それは不機嫌になる。うん、仕方ない」

うんうんと頷くとやっと御幸の表情が緩んだ。ほんの半日ほどの仲違いだったけど、ようやくいつもの御幸に戻ってくれたことが嬉しくて私もつられて笑った。

「今日は七夕だな」

「うん。御幸が会いに来てくれた」

「会いにって、そんな大袈裟な」

「ねえ御幸、好きだよ」

あの時はちゃんと言えなかったけど、今ならはっきり言える。
普段絶対にこんなことは言わない。お互いに今何よりも大事なのは野球なのだ。

「俺はむしろ愛してる」

だけど今この時だけは。

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