たぶん好きだよ

秘密の関係よりも前のお話。


ふと手帳を開いて気が付いた。今日は七夕だったか。

「みゆきー。七夕だよ、七夕」

「あー、そうだな」

7が並んでいるのが何だか嬉しくて、隣の席の御幸に報告すると不思議そうな顔をされた。

「まあそれだけなんだけど」

「ふーん。つっても、今日すげー雨だけど。これじゃ天の川見えないな」

「そうなんだよねぇ」

窓の外を見て浮かれていた気持ちが一気に萎んでいった。
梅雨だか台風だか知らないが、今日は朝からザーザー降りだ。学校に来るまでに靴下が濡れてしまって未だ張り付いているのが気持ち悪い。

「織姫と彦星は会えないのかな」

「お、珍しい」

「はい?何がよ」

「みょうじにしては珍しく乙女チック発言」

「悪い?」

これでも一応女の子なんだから、少しくらい乙女チックなことを言ったっていいじゃないか。
にやにやとバカにしたように笑う御幸は全くもって女心がわかってない。

「もし御幸が彦星なら私絶対会いに行かない。何でこんな奴って思うもん」

「みょうじが織姫か。何か違うなー」

「…ほんっと、そういうところがないわ。御幸ないわー」

見てくれは確かにちょっとだけいいかもしれないが、正確は悪いし口も悪い。ついでに女心もわかってない。
私はもっと優しい王子様タイプの人の方が好きなのだ。

「なに」

ジト目で御幸のことを睨んでいると、その視線が鬱陶しかったのか目のあたりを手のひらでぺちりと覆われてしまった。

「ちょっともう触らないでよ」

「みょうじ、見過ぎ」

視界を奪われた状態のせいか、やけに御幸の声が耳に響いた。
慌てて手を振り払ったが心臓がバクバクと大きな音を立てていて、しばらく治まってくれそうもない。

「みょうじが会いに来てくれねーならどうすっかな」

「何よ」

「どうするかなあ」

「………」

御幸は伏せってわざとらしく声をあげる。その声が大きいものだから他の人に聞かれてないか心配になって辺りを見回した。

「ちょっと声大きい。聞かれたらどうするの」

「もう今更俺らの関係を疑う奴もいねーって。巷ではお前と純さんがくっつきそうって噂が立ってるからな」

「え、うそ」

いつの間にそんなことになっていたのだろう。確かに私は純さんにとても懐いてはいるが恋愛感情は抱いていない。
御幸だってそれくらいわかってるはずなのに、声が完全に拗ねている。今更って言うくせにやっぱり気に食わないのか。

「そんな拗ねないでよ」

「べっつにー?拗ねてなんかねーよ」

「そんなに純さんとのこと気になる?」

「気にならない」

むくれている御幸がちょっと可愛くてわざと煽るようなことを言うと、ふいっと顔を逸らされた。そしてみるみるうちに御幸の頬が膨らみ始めるではないか。
ああ、これは思ったよりも気にしている。そろそろフォローしておかないと後々面倒くさいことになるかもしれない。

「御幸」

「んー?」

名前を呼べばまだ返事はしてくれる。ここでこっそりと優しい言葉の一つでもかけておけば、後は何事もなかったようにけろりと機嫌が良くなるだろうというのはもはや経験則。

「たぶん…好きだよ」

教室でこの言葉を告げるのは聞かれていないだろうかとひやひやすると同時に恥ずかしい。そのせいで、変に誤魔化そうとして失敗した。それを御幸は聞き逃さなかった。

「たぶんって」

あ、と思った時にはもう遅い。ちょっと待て誤解だと弁解しようにもクラスメイトの目がある。次の授業までもう時間もない。

「御幸っ」

「わかったから」

それ以降御幸は、何を言っても耳を傾けてくれず目すらも合わせてくれなかった。

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