恋する乙女の小さな祈り


5月に入って日の入りが遅くなったとはいえ、20時を過ぎるとさすがにあたりは真っ暗だ。
練習終わりの倉持を待ってやろうと植え込みの側でしゃがみ込んでいたら、丁度目の前を倉持が通り過ぎた。

「やっほ」

「うおっ」

「何て声出してんの」

「…てめえ、ビビるだろうが」

「あっ、ビビったの?やだもしかして怖がり?」

目をまん丸くして驚いている倉持を指さしてケラケラ笑ってやると、気分を害してしまったようで眉間に皺を寄せた怒り顔に変わった。

「こんなところで油売ってねーで早く帰れよ。もう真っ暗だぞ」

「んー、あのですねえ、そのあたりもうちょっと察してもらいたいんだけど」

「は?」

「帰宅部の私が何の用事もなしにこんな時間までいると思う?」

「…いや」

と、その時、倉持の後ろの方から何やら笑い声が聞こえてきた。まだグラウンドに残っていた人たちが引き上げてきたのだろう。
倉持は何も言わずに私の腕を掴んで建物の裏まで引っ張って行った。

…これは邪魔をされずに私と話したいって思ってると捉えてもいいのかな?

「で、何の用だ」

「はい、ここでクイズです」

「は」

「今日は何の日でしょう!」

「…それを俺に言わす気か?」

そう、言わずもがな今日は倉持の誕生日。
朝からずっと声をかけるタイミングを窺っていたんだけど、いつもは一人ぼっちのくせに今日に限って御幸くんとやたら話し込んでいたせいで全く隙がなかったのだ。
そのせいで私はこんな時間まで倉持が一人になる瞬間を待っていた。

もうここまできたら、一人じゃなくたって無理やり声をかけたけど。

「まあまあ、そういうわけで17歳になった倉持さんにプレゼントですよ」

「まじか!?」

「まじまじ。まったく、日中声をかける隙がなかったからこんな時間になっちゃったけど…」

ごそごそと鞄を探ってお店で包装してもらったプレゼントを取り出す。

「はい、お誕生日おめでとう、倉持」

「…おう」

「おうじゃないでしょ、おうじゃ」

「………」

「倉持?」

反応がないことを不思議に思って倉持を窺い見ると、プレゼントを片手に口をあんぐりと開けている。ひどい間抜け面だ。
パタパタと目の前で掌を振ってやるも、それにすら気付かない。

「倉持さーん」

「…みょうじのことだから」

「うん?」

「飲み物一本ではいプレゼント、とか言うのかと思ってた」

「失礼だな」

「…ありがとう」

「…うん」

思っていたよりもずっと喜んでくれたことが嬉しくて、手をぎゅっと握ると倉持は大袈裟に肩を跳ねさせた。
嫌がる素振りではないことをいいことに、調子に乗ってもう少し倉持の手を堪能することにした。

身長はそこまで高くない。見た目は細身なのに実はしっかりと筋肉がついているところとか、ごつごつして豆だらけの手とか、すごく好きだなあ。
だけど何より一番好きなのは、その性格。
器用に何でもこなすくせに、立ち回りは不器用で割を食っちゃうようなところとか、口が悪くて勘違いされがちだけど誰よりも純粋なところとか。

野球が一番だからって、私の気持ちに応えてくれない馬鹿真面目なところも、すごくすごく愛おしい。

「頑張れ、倉持」

名残惜しさを感じながらも倉持の手をそっと放して、倉持とも距離を取る。

「お前に言われるまでもねーよ」

「うん。また練習試合とかあるんでしょ?観に行くから」

「ちゃんと熱中症対策して来いよ」

「わかってる。日焼け止めだって万全だから、任せといて」

「ん」

それじゃあ帰るね、と踵を返そうとすると、倉持に引き止められた。

「送ってくから」

「自主練は?」

「ロードワークに変更」

「…じゃあ、お言葉に甘えて」

普段は倉持の邪魔にならないように、負担をかけないようにと気を遣っているけど、今日だけは許してください。

倉持ももうちょっと私と一緒にいたいんだって思ってくれてたらいいな。

2015倉持生誕記念

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