novel | ナノ



なかなかどうして、忍足はそうも自分自身を嫌うのだろうか。
俺は目の前で沈んでいる忍足をただまじまじと観察していた。長い髪を地面に垂らしてただひたすらに澱んだ目をしている彼はきっと過去になにか辛い思い出でも経験しているんじゃないだろうか。だとすれば時たま落ち込む彼の態度も暗い闇を抱えた瞳も生気のない顔色も心を閉ざす特技だって全て全てが辻褄が合う。むしろそうでなければ、納得がいかないぐらいに。

だからこそ忍足は言った。俺の考えは全て憶測に過ぎないけれど、少なくとも彼は今絶望しているに違いないと俺の五感が言っていた。微かに聞こえるのは水気を帯びた鼻水をすする音、視界にうつるのは彼の丸まった背中が微かに震えている様、鼻孔をくすぐるのは少ししょっぱい匂い、濡れた頬の感触、それを舐めた時の塩辛さ。忍足は今、確実に、自分自身に絶望していた。

「ジローは」
「んー?」
「ジローは未来を見る時、どこを見る」

上か 下か それとも 目の前か。
忍足の頬っぺたから舌を離してそのまま至近距離で覗き込んでみた。真っ直ぐに俺を見つめてくる忍足の瞳は先ほどとは打って変わったきちんと生きている目をしている。呆れるほど真剣なそれに俺も真面目に思案して、少しだけ忍足から視線を外したらなにを思ったのか彼は独りでにこんな事を言い出した。

「岳人は上を見る」
「……」
「高く高く高く、岳人は出会った頃から高みを見上げ続けている」
「忍足は、下を見てるの」
「……」

未来を見る時、俺はどこを見るか。
黙ってしまった忍足はまた澱んだ目をその場にふせて死んだようになってしまった。心を閉じる、悪い癖だった。

「忍足」
「……」
「ねぇ忍足」

忍足は少し、この世界を綺麗に見過ぎている。でなければこんなにも自分を嫌いになれる人間なんていない。岳人が綺麗に輝いて見えるのも全てはその曇った眼鏡で物事を見ているからだ。天才だなんだとうたわれて劣等感にさいなまれ、隣に輝いた人間を置く人間の心情は正直俺には分からない。けれど。

「ねぇ、忍足」

忍足の伊達だという眼鏡を出来るだけ静かに外した。意外と男らしい短い睫毛に驚いて、でも出来るだけ顔には出さないで俺は忍足にキスをした。

「俺は、自分自身を見るよ」

上も下も目の前だって見やするもんか。だからお前も、ほら、俺を見ろよ。


(なかなかどうして、俺はお前が大好きなんだろう)


声を出して、縋りついて、思う存分泣けばいい:flickers.
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