novel | ナノ



俺は、恥である事を恥じゃないと思ってしまうような人でした。
外で平気な顔して眠るのは俺のなかでは日常で、箸の持ち方も、ぼろぼろ溢す食べ方も、落ちた物を平気で食べる神経もなにもかもをそれが恥ずかしい事なんだと知る由もありませんでした。なにしろパンツで試合に出るような俺ですからそのあたりから察するに羞恥心というものが人よりないに等しかったのだと思います。
人前でのチューも馬鹿丸出しの発言もキチガイ染みた行動も全て全てが“俺”という人間の細胞のひとつだと勘違いしておりました。要するに、“自分に素直”である事がなによりも素敵でなによりも正しい事なんだと信じて疑わなかったのです。

彼は、恥じゃない事を恥と思ってしまうような人でした。
英語のスペルを間違えて書いてしまった時も、自分に向けられた質問が答えられなかった時も、たかが人前で犬を抱っこする事さえ彼のなかでは恥ずかしい事でした。それは、彼が周りの人間も含めて自分という人間を形成しているからではないでしょうか。
俺の場合、『自分らしさ』を表現する時周りの人間の事はあまり考えず自分勝手に行動してしまいます。そのせいでよく陰口を叩かれたり変な目で見られたりもしますが、素直に行動した結果がそういう結果なので俺は全く気にしません。それが芥川慈郎という人間です。
けれど彼は、『自分らしさ』を表現する前にまず周りの人間の目を気にしてしまいます。周りの人間が望むような行動が一番に分かってしまう彼はみんなのイメージを崩す事なく行動する必要があるのです。つまり有名人である彼は『自分らしさ』を表現する前に、周りの人間が抱く『彼らしさ』を先行し、優先してしまう癖があります。しかし彼自身はあまりその事に対して不満を抱いているわけでもないようなのでそれならそれでよしだと思いました。俺とは違い周りの人間のイメージも含めて自分なんだという生き方が跡部景吾の生き方でした。

それは全く逆の性質だと言ってしまってもいいと思います。むしろ俺と彼には共通点なんてあってないようなものでした。同じ学校の同じテニス部の同じレギュラーだという事以外共通点らしい共通点なんてひとつもなかったのです。しかしだからこそ俺達は惹かれあったのかも知れません。

俺は跡部を好きになる事になんの抵抗もありませんでした。男を好きになった事を異常だとも思いませんでしたし気持ち悪いと罵られても特に気にもしませんでした。俺は別に男を好きになったわけではなく、跡部景吾を好きになったのだとむしろ胸を張っていたい気分です。
しかし跡部はそうもいきません。
跡部の観衆は彼が男を好きになるなんて考えてもいないですし、それこそ跡部という人間像を崩す事になり得ます。なにしろ跡部自身も俺を好きになる事なんて想定外の事でしたからそれを認めるまでに結構な時間が必要でした。なにせ相手が俺ですからね。あらがいたくもなるのでしょう。
ですが彼は言いました。悩み抜いて悩み抜いて悩み抜いた結果俺に向かって言いました。

「お前が好きだ」

なんという事でしょう。これがどういう意味だかみなさんには分かりますか?
その言葉はすなわち、跡部が『彼らしさ』ではなく『自分らしさ』を俺のために(ここが重要です!)俺のために、優先したという事です。今まで世間体を保っていたあの跡部がそれらを投げ捨て俺という人間を好きだと、離れたくないと結論づけてくれたのです。この偉大さ、この嬉しさ、あなたなら分かっていただけますよね?


終わり
只今選択受信中:flickers.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -