novel | ナノ



テレビのなかの占い師によると一生のうちに眠る睡眠時間は決まっているらしい。
毎日毎日コアラ並みに寝ている俺はじゃあ早死にすんのかななんて我ながら適当に思ったわけだけど俺みたいなやつが将来朝早く起き過ぎて家族に疎ましがられるじいちゃんなるんだと兄ちゃんが言っていた。確かにじいちゃんって異様に早起きだけどそれって死期が近いって事なのだろうか。まぁじいちゃんまで生きられるんなら別になんだって構わないんだけど。
しかし、俺の睡魔は異常だと跡部がいつだか言っていた。宍戸や岳人に関しては昔から俺がこんな感じだったからか違和感はないらしいんだけどやはり跡部や忍足から見れば少し、だいぶ、寝過ぎらしい。
それも樺地に抱えられても目を覚まさないほど深い眠りに落ちているから不思議でならないと言っていた。色々心配してくれるのはありがたいけど体は至って健康なので正直心配損だと思う。

そんなわけで俺は睡魔に滅法弱い。食欲よりも性欲よりもとにかく睡眠欲に滅法弱い。早死にすると言ったところで今この瞬間の睡魔になんて勝てやしないのだ。だからこそ俺は今現在二度寝を試みている。本来今日は休みだし午前中はどうせミーティングだし俺いなくても部活は動くし。それに今更起きたところで遅刻は免れないからどうせならゆっくりと遅刻したいじゃん。というわけで、おやすみなさい、朝日。

「ん゛ん゛」

しかしそんな俺のわがままは通らず、戒めるように携帯電話が鳴った。眩しい目で着信画面を見ると案の定跡部の名前が映し出されていて一気にテンションは急降下。普段ならテンション上がるところだけど朝なら全くの別である。寝るに眠れないので一旦体を起こして携帯電話を手に取ってみた。しばらく我慢すれば跡部も諦めるだろうと思ってジッと待っていたのだが止まったと思ったらまたすぐ鳴っての繰り返し。
こんな事、普段は全くない事なので正直びびる。
いつもなら留守電にメッセージを残して終わりの筈なのに今日に限っては留守番電話サービスに繋がったら切ってまたすぐ掛けている。相当怒っているのかとますます電話に出るのが億劫になった。それでもこのままコール責めされても大変困るわけで俺はキンキンうるさい携帯電話をとりあえず枕でボフボフ叩いてみる。まぁ、特になんにも起こらないのは分かっていたんだけども。

「あーもうなんだようるせぇな」

懲りずにずうっっと鳴り続ける携帯電話は俺に恐怖しか与えてこない。それをただ持て余している俺はなんかもうマジで鳴り止む気配が微塵もないので腹をくくって電話に出ようと決意した。
そもそも、何故跡部はこんなにも怒っているのだろうか。遅刻は確かにダメだけど今更キレるような出来事でもない筈だ。朝練に俺が出ないのはレギュラー陣なら誰でも知っている事だしむしろ朝練に参加した方がもの珍しげにするくせになにをそんなに……。
もしかしたら、なにか別の事で怒っていたとしたら、正直心当たりがあり過ぎたりもするんだけど(借りた教科書の落書きとか、跡部のロッカーに入れといたアレとか、もしくは、)
ここだけの話、跡部はたまにものすごく小さな事で怒ったりする。虫の居所が悪かったりイライラが募ったりして些細な事ですぐキレる。まぁ自分で制御出来る人間ではあるんだけど(あまりに理不尽な物言いだったら案外あっさり謝ってくれるし、そういうところは人間臭くてちょっと好きだ)

「もしも……し!」

少し間を置いて通話ボタンを押した俺はすぐに跡部の怒号が聞こえてくると勘違いして精一杯腕を伸ばし出来る限り耳から携帯電話を遠ざけた。しかし携帯電話から聞こえてきたのは怒号ではなくましてや跡部の声ですらない。ただただ長い静寂と、つまりは沈黙だ。

「……?」

不審に思い恐る恐る耳に当ててみるが向こうからは外野の音すら聞こえない。いや、微かに聞こえるのはラケットでボールを打つあの聞き慣れたテニスの音だ。しかしやけに音が遠いというか、コートとは少し離れた場所にいるんだろうか。じっとそのボールを打つ音に耳を澄ませていたら不意に「おい」と跡部の声で呼び掛けられて心臓が飛び出しそうなぐらいびっくりした。心臓の代わりに「ふえええい」とかいう奇妙な奇声が口から飛び出る。

「……なんだその声」
「いるならいるって言えし……マジびびった」
「アーン?俺が掛けたんだからそりゃいるだろうが」
「そうだけど、そうじゃなくて……」

んーっと、と考え始めた頭の端で本来の目的を思い出し俺は慌てて話を戻す。

「ていうか、なんでこんな電話……」
「ああそうだ、お前に言っておきたい事があったんだ」
「……?」

そうに言うと跡部は一回きっちり空気を吸って吐いたと同時にこう言った。








「好きだぜ寝ぼすけ、おめでとう」

ブツン。通話時間は僅かの1分08秒、沈黙を除けばそれより短い。なにを言われたのか正直整理がつかなくてとりあえず俺はツーツーと切れた携帯電話に「ありがとう……」とお礼を述べた。

そうだ今日は5月5日だ、それに気がついたのは制服に着替えてやっと家を出た頃だった。顔が非常に熱いのは今走っているせいではなくて、いくらなんでもさっきの跡部は、反則以外の何物でもない。

だからほんの少しだけ、長生きしたくて寝るのをやめた。


スリープレスモンシェリー
終110505
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