novel | ナノ



「幸村、柳生知らん?」

廊下の突き当たりを曲がってすぐに、階段から降りてきた仁王と出会してそう問われた。飄々とした足取りで、それでいて少し困ったような表情の仁王に物腰よく「知らないな」と微笑むと仁王は「そうか」と苦笑する。
ズボンのポケットに両手を突っ込んで歩くのは危険だよと毎度の事言っているのに仁王の両手は今日もズボンのなかに収まっていた。しかし危険と言っても彼が転ぶような失態はそうそうないのだけれど。

「ああ、だけどさっき放送があったから委員会かも知れないね」
「放送……」
「聞いてないかい?」
「全く」

少し意外そうな顔をした仁王がどことなくあどけなくて、普段の隙のない大人びた雰囲気との些細なギャップについ頬が綻んでしまった。
彼の色気は生まれつきなのか否か、出会った頃から廃る気配がない。しかし、そんな仁王が首を左右に振った時、それに伴い彼の尻尾のような髪もふるふると震えてその様子がなんだかとても愛らしかった。あくまで愛玩とした可愛らしさには他ならないのだけれど。

「急ぎの用?」
「いや、まあ、そんなところじゃ」

釈然としない仁王の態度に首をかしげつつ、それでもにこやかに「そう」とだけ相槌を打つと仁王はバツの悪そうな表情を浮かべた。なんでかはあまり興味がないが俺の顔は部員達にとって時に威圧的らしい。部長としてなにか説得力があるのなら願ったり叶ったりだけれど俺自身別にプレッシャーを与えているつもりは毛頭ないのだからそう居心地の悪そうな顔をされるとこちらとしても気が滅入る。
なんだか幸村には全てを見透かされているような気がしてならないのだと、柳が教えてくれたっけ。

「ん?」
「あー、いや、実は柳生探しとるわけじゃないんじゃ、別に」

ポリポリと首の後ろを掻いてそう言った仁王は困ったような、かと言って彼特有の飄々とした雰囲気のまま再度歩き出した。俺の横を通り過ぎる彼をそのまま目で追いかけると彼はまた懲りずにポケットに両の手を突っ込んで猫背気味に歩いている。どういう事だい、と問うと彼は少し歩みを止めて「癖みたいなもんぜよ」と苦笑した。

「誰かに会うとどうしても第一声が柳生を探しとる」

特に探してもいないのに、先ほどのように誰かとの不意な出会い頭ともなると舌が滑るように柳生の所在を訊ねているという。それは彼にとって「やあ」といった挨拶のようになっているらしくそのせいか最近では(ブン太なんかには特に)先に柳生の所在を教えられる事がしばしばあるそうだ。
その原因として彼自身は良く分かっていないようだった。

「ダブルスで良く一緒にいるようになって、柳生は?って聞かれるのがうっとうしいからって先に知らないって意思表示するようになったとか」
「随分、回りくどいのう」
「ふふ、そうだね。じゃあ真実は案外貧相だったりするんじゃないかな」

そうに言うと仁王はきょとんとして首をこてんとかしげた。彼の仕草はやはり時に可愛らしい。

「例えば……?」

俺の答えに興味を示した仁王ににこりとした人当たりの良い笑顔で微笑むと内緒話をする時のように手で口元を隠してから仁王の耳を引き寄せた。そしてボソリ、そう言うと仁王は目をパチクリとさせて驚いたように俺を見る。信じられないという思いを正直に映し出している仁王の目はそれでもどこか期待したような、納得したような色を醸し出していた。

「のう、幸村」
「なんだい、仁王」
「柳生……知らん?」

そうやって今度は故意的に柳生の所在を訊ねる仁王の姿はやはりどこか愛らしく懲りずに俺も頬を弛めたのだった。

(それはやっぱり彼を求めているからじゃないのかな。すなわち、好きって事だよ)


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