novel | ナノ



(走れ走れ走れ。どこまでも風を感じて足も身も恋心も全てガクガクになるまで精一杯、走れ。)

「侑士、雲だ」

とかなんとか言いながら自転車を漕ぐ俺はまさに自暴自棄かつ滑稽だろう。立ち漕ぎをしっぱなしの足はパンパンで坂に差し掛かった時が地獄だった。それでも俺を突き動かすなにかが地面に足をつけさせない。雲ひとつなかった高い高い空からひとつだけ雲を見つけた俺は人知れずまた呟いていた。

「侑士、雲だ」

汗が冷たい。


侑士はああ見えてものすごくモテる。本当にああ見えてだ。ジョン・レノンに憧れたんだか知らないが時代遅れの(もしくは先取りし過ぎた)メガネがあっても大変モテる。本人だって満更でもない様子だし、あーうざい。マジうざい。死ねばいいのに。
ブルル、と不意にポケットのなかから音楽が聞こえた。最近侑士と一緒ハマり出したロックバンドの着うただった。それを聞いてようやく足を地面につけて止まった俺は呼吸が整わないまま携帯電話を取り出すと名前も見ずに通話ボタンを押す。この着うたはあいつ以外には設定してない。

「ハァ、ハァ、もしもし」
「こらぁ岳人。俺のチャリンコ勝手に乗ってったやろ。帰られへんやんけ」
「なんで、真っ先に俺なんだよっ」
「俺のチャリ番号岳人しか知らんもん。いいからはよ帰ってきなさい。今どこにおるん?」
「あー分かんね」
「なんでやねん」

なにも考えずに走ってきたせいか侑士に問われて初めて今どこにいるのか分からなくなった。周りを見渡しても見慣れない風景ばかりで、けれどそこまで遠くはない筈だ。放課後になってすぐにチャリを奪って逃げた俺と、用事があって多少学校に残っていた侑士にそこまで差があるわけじゃない。一旦電話を離して時間を見ると俺が学校を出てから三十分ほどしか経っていなかった。恐らく来た道を戻っていけばすぐに見慣れた道に出る筈だ。

「とにかくはよ帰ってきて」
「侑士」
「ん?」
「用事済んだのかよ」
「え?うん。やから今電話して……」
「……」
「なん、一緒に帰れんくて拗ねてんの?可愛え子やなぁ。それなら待ってたら良かったんに」
「うるせぇ……女んところから戻ってくる侑士なんて待ってられるか」
「んー、すまん、良く聞こえん」
「もういい、分かった。帰る」
「おん、そうして」

ブチッと不機嫌気味に通話を切ると俺は未だに整わない呼吸にイライラしながらガシャガシャと自転車を転換させた。仕方がないから戻ってやるとして俺は一体なにがしたかったんだろう。侑士が女の子に呼び出されて満更でもなさそうな侑士にイライラして自転車を盗んで逃げた。戻ってきたらもう誰かの恋人なのかなとか考えたらとても待ってなんていられなくてとにかくがむしゃらに漕いだのだ。だけどこうして侑士の元に戻ろうとしてるあたり俺は結局なにがしたかったんだろう。
戻ったら侑士はひとりじゃないのかな。でも、だったらわざわざ電話して来ないよな。俺だったらチャリなんか放っておいてふたりで帰っちゃうよ。などと考えて期待と不安と焦りと嫌気とああもうしんどい。
俺は深呼吸をひとつすると思いっきりペダルを漕ぎ始めた。

汗が冷たい。


(走れ走れ走れ。どこまでも風を感じて足も身も恋心も全てガクガクになるまで精一杯、走れ。)

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