novel | ナノ



 夕陽の、なんて煩わしいこと。
(俺は時にこの世界は残酷なほど綺麗だと感じる時がある。それは多分悲惨な状況にあればあるほど世の中の不条理さに嘆き、数少ない美しさが際立って見えるからだと思う)

 すやすやと、安らかに眠る跡部も普段と引けをとらないほど綺麗だった。無惨とも言える前髪を指で掬って引っ張ってみる。なんだか可笑しくて、そのあまりに現実離れしている光景にちょっと泣いた。


 跡部、跡部がもし、目が覚めた時「泣きたい」と言うのなら俺は胸を貸すけれど、もし開口一番に「すまない」と言うのなら俺は跡部を軽蔑するよ。俺の盲信する跡部には自分自身の全てを誇っていて欲しかった。それでこそ跡部だと思うし、試合に出れなかった俺に対して負い目を感じる跡部なんて想像するだけで寒すぎる。熱い日差しのコートの上で跡部は酷く輝いて見えた。それだけで俺達はもう、跡部と共に歩んできた事を誇りに思えたのだ。宍戸が呟いていたよ。誰に聞かせるでもなく、あるいは無意識に、感嘆とした声で呟いていたんだ。あいつ、格好良いなって。
 悔しいとか、悲しいとか、寂しいとか。色々思う事が多すぎて、呆気なくも感じてる。みんなの悔しそうな、やせ我慢しているような顔が俺にはどうも息苦しくてちょっとふざけて、茶化してしまった。苦笑されても良い、馬鹿にされても良い、怒られても良いからそうやってでもみんなには足元じゃなく、まっすぐに前を向いて歩いていて欲しかったのだ。案の定怒られてしまったけれど、それこそが試合に出られなかった俺の唯一の役目とも言えた。

 跡部は俺を置いてすたこらさっさと行ってしまうけど実のところそんな跡部を追いかけるのが好きだった。絶対に追いつけやしないんだけど、それでも跡部と試合がしたくてあわよくば勝ちたくて、跡部はちっとも待ってやくれないんだけど、それでも振り向いて俺に笑いかけてくれるからそれがとても幸せだった。
 けれど、試合会場の小さな医務室で眠る跡部の顔を見ているとどこか清々しくすっきりしたような表情に酷い焦りを感じてしまう。今まで必死に追いかけてきたけれど、ああ跡部、それは跡部の背中がきちんと見えていたからなんだ。俺はもうその背中さえ見えなくなってしまったんだよ。
(掴み損ねた栄光は、跡部に多大ならぬ栄光を与えたが、それは俺にとっての死刑宣告とも言えた。跡部のコート上の生き様に息を飲んで、完全に追いつけない領域へと走って行ってしまった跡部に感動よりも先に絶望してしまったのだ。俺自身の限界とか、色々察してしまって、なんか、もう、本当、)

 この敗北は跡部の財産になるだろうと榊監督が言っていた。目の前では依然として窓から差し込む夕陽が跡部の顔をあたたかく照らしている。その様がより一層跡部の美しさを際立たせていて、無惨とも言える前髪を指で掬って引っ張ってみた。ぴくりと動いた綺麗な眉毛がやっぱりどこか現実離れしていてへらりと笑ってちょっと泣いた。


 医務室から覗く、美しすぎる夕陽の、なんて煩わしいこと。


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