novel | ナノ



跡部に、キスをされてしまった。


ひょんな事で喧嘩をして今やもうそのきっかけすら思い出せないし喧嘩の内容なんて全く脳みそから消えてしまっているけど、確かに俺たちは喧嘩をしていた筈だった。
それが意外に長引いて冷戦状態だった3日目の放課後、部室のソファの上で目が覚めた俺は周りの静けさにみんなはもう帰ってしまったのかと理解し、置いていかれてしまった事に少し寂しい気持ちになる。まぁ岳人にはいい加減にしろと怒られ宍戸には勝手にしろと呆れられ忍足は我関せずだし日吉には案外子供なんですねと馬鹿にされ、それぐらい周りからしたら迷惑かつくだらない喧嘩のようなので仕方がないともいえる。
跡部とはお互いに意地を張り合い、顔を合わせれば睨み合い、声を掛ければ言い合いをする、そんな3日間だった。

俺はとりあえず時間を確認しようと寝ぼけ半分でソファから身を起こした。壁掛けの時計を見ると午後8時をゆうに過ぎていてどうりでお腹が空いて起きるわけだと納得する。さすがに帰ろうと重い体を無理やり立たせてのろのろとロッカーで着替えを始めた。
シャツを羽織りボタンを留めようと指は頑張っているが、寝ぼけた頭はただひたすらにぼーっとしていてボタンが留まる気配はない。
そんな時、背後から不意に声が聞こえて俺の肩はビクついた。誰もいないものだと思っていたのに、聞こえてきたのはよりにもよってあの声だ。

「やっと起きたのか」

振り返った先に立っていたのはやはり跡部だった。人がいた事には驚くものの喜ばしい事なのに、それが跡部ともなれば複雑である。待っていてくれたのだろうか……という少しむず痒い気持ちとは裏腹にその顔を見るとなんでか無性にムカムカして、どうして怒る必要があるのか頭では全く理解していないのにとにかくそんなイライラした感情が先行し俺はあからさまにムッと口を歪ませるとプイッと身を翻し着替えを再開した。跡部の「……おい」という低い声や、気配、呼吸音に妙に焦って早くボタンを留めたいのに先ほどよりも上手くいかない。音をあまり立てず、それでも近づいてきているような気配にますます焦りじとりと背中が熱くなった。

「おい……」
「……っ」

びくり、気づいた時にはロッカーにうつった俺の影を覆い隠すように、跡部の影が目の前にあった。背中には跡部の気配と体温が色濃く感じられる。それでも振り向けない俺は目線を泳がせうつむき、緊張からかやけに体が熱く額には汗が滲んでいた。
跡部は俺が逃げられないようにロッカーに手を付くと、囲い込むように逃げ道を封鎖する。

「お前、いつまでそうやって意地張ってるつもりだ?」

しかし、背中越しに放たれたその言葉に俺は焦りなんか吹っ飛んでただひたすらにカチンときた。

「はあ?それは跡部も同じだろ」

気づいた時には、俺は振り向きもせずにそう言うと、うつむいたまま跡部に暴言を吐いていた。

「いつもいつもそうやって悪いのは俺のせいにして…跡部だって同じくらい意地張ってるくせに。さも俺がガキだからみたいに言いくるめて俺に謝らせてさ。自分から謝れないのか本当にそう思ってるナルシストなんだか知んないけど大人ぶって相手のせいにして言い逃れしてそれこそ跡部の方がガキなんじゃないの。最低、最悪…俺は絶対謝らない!跡部なんて…跡部なんて、っ……」

そこまで言って、跡部の反論が返ってこない事に気づき言葉を詰まらせた。慣れない跡部への暴言に早くも後悔しているが言った言葉は本心である。お前が謝れば許してやって済むんだよ、とでも言いたげな跡部の言葉にカチンときてそれはこっちの台詞だバーカと続けて言ってやろうかと思っていたぐらいに頭にきたのだ。その結果無言になりマジギレの気配を背後に感じる俺は早くも後悔しているわけだが、俺だってもう引っ込みはつかない。跡部の事は嫌いじゃないのになぜこうも頭にくるのだろう。むしろこんなになってまで跡部の事を嫌いじゃないなんて思えるのも不思議だが。
相変わらず無言の跡部にやはり俺は振り返る事も出来ず、とにかくこの場から逃げたい気持ちから止まっていた手を慌てて再開した。



それは一瞬の出来事だった。



その様子を見た跡部が、ボタンを留めている俺の手ごとシャツを引っ掴むと力の限り自分の方へと引っ張り寄せ、乱暴に、それはもう暴行かと思うくらい乱暴に、ロッカー目掛けて俺の背中をガシャアンと叩き付けた。
力任せにぶつけられてロッカーも歪んだのではと思えるほどの音だった。

「痛っ……!」

急な出来事に状況は理解出来ず、背中はわけがわからないくらい痛い。シャツを掴んでいる跡部の手がぐいぐいと俺の胸を圧迫し、呼吸さえまともに出来ない。視界は揺れさらには滲んでいる。あまりの苦しさにゲホッと咳をひとつしたところでさらに俺の頭はわけのわからなさに困惑した。
つい今しがた背中を強打された激しさとは裏腹に、咳をこぼした俺の唇に優しくそっと当てられたのはまぎれもなく跡部のそれだったからだ。

ズキズキとした全身の痛みとじんわりと伝わってくるその体温のギャップに俺の脳みそは処理しきれずにキャパシティオーバー。思考回路はぶっ壊れた。
それはもう、コナゴナに。


「悪い、俺が悪かった。素直じゃないのは俺の方だ。許さなくてもいい、だがせめて……嫌いにはなるな……」


だから、そんな跡部の懇願の意味なんて俺には到底理解出来なかったんだ。


愛情だった跡部と友情だったジロー
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