novel | ナノ



「ひぐっ」

ずびずび、と鼻水を絶えず流しながら涙をぼたぼたと落とすジローの泣き顔は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。

「花粉症か?」
「ちがうよ!ばかあ!」

ずずー、と俺が渡したシルクのハンカチで鼻をかむジローは真っ赤になってしまった目で俺を睨むと恨めしげに俺の頭をチョップした。

「おまっ、やめろ悪化したらどうする」
「いっそそうなれ!ばかになれ!」
「ふざけろっ」

病院のベッドに入り、頭に包帯を巻いている怪我人に向かってその行為はいかがなものか。幸い大事にはならなかったものの、どうやら俺は半日以上も眠り続けていたらしい。
覚えているのは、部活中にも関わらず猿の檻のようにやかましいレギュラー用コートと、その中心でテニスとは全く関係のないアクロバットショーを繰り広げている向日。怒りに任せてそのバカを注意しようと取り巻きの間を抜けた矢先、目の前に広がった光景はアクロバットを失敗して俺のもとへと落ちてくるバカもとい向日だった。


「攻撃するなら向日のバカにやれ。俺は被害者だろ」
「岳人にはこれでもかとやったよ!半日以上起きないとか俺じゃあるまいし心配かけんなこのばか!ナルシスト!ブルジョア!」
「んな理不尽な事あるか!」

打ちどころが少々悪かったらしく、理不尽ながらもまぁ心配掛けてしまったであろう事はその汚い泣きっ面からもありありと見て取れた。とりあえず未だに涙も鼻水も垂れ流すジローを胸に抱きとめて納得いかないながらも「ごめんな」なんて柄にもなく謝るとジローも小さく首を振り「俺もごめん」なんて呟いた。

一番謝るべきなのは先ほどからバツの悪そうにこちらを窺っているドアの向こうのあいつなのだが。

聞くところによると、向日はジローにこっってりと絞られたらしくあそこまで泣いて怒ったジローは長い付き合いのなかで初めてだったと宍戸は言っていた。向日も反省はしているらしいが、いかんせんあの性格なので素直に謝れずジローも俺の前を離れずにこの調子なのでますます謝るタイミングを見失っているのだろう。俺としては怒りはまだあるものの目の前にいるぐずぐずのジローでその気も削がれたのでまぁ許してやろうとは思う。

ちなみに例のアクロバットショーの時ジローはその場にいなかったらしく(いつものごとくサボりだ)騒ぎを聞きつけてきた頃には既に俺は救急車に運ばれているところだったようで何事かわからないジローは一瞬で肝を冷やしたそうだ。あんなにも心臓に悪い感情は初めてだ、金輪際勘弁したい、と深くトラウマとして刻まれたらしい。

「マジありえない。ショックで俺が死ぬところだった」
「まぁこうして生きてたんだからいい加減泣きやめよ」
「軽く言うなし!マジもう大丈夫なの?痛かったりくらくらしたりさ。記憶飛んでたりしないよね?」
「そういえばさっきから違和感があったんだが俺らはまだ一年だよな?妙にあいつらが大人っぽく……」
「ぎゃあ!先生ー!跡部の記憶が飛んでるううー!」
「うるせえ、騒ぐな冗談だ」
「マジありえない死ね跡部!ああだめ嘘!死んじゃだめ!」

ひとりでまるでコントのようにバタバタと騒ぎ立てるジローに病室の外はますます入りづらく気まずい雰囲気だ。隙間から覗く向日の表情の肩身の狭そうなことったらない。
とにかく俺はいい加減ジローを鎮めようと「うわああ!」と情緒不安定にベッドに突っ伏された頭に優しく手を置いた。相変わらずふわふわとした手触りのそれをゆっくり撫でるとやっと落ち着いてきたのかジローの声色が少しだけトーンダウンする。

「もうさ、お願いだからさ、突然いなくなったりとかそういうことはしないでね。今回は未遂だけど、未遂なだけでやばいからさ。いなくなる時は早めに言ってね。いつまでも一緒にいてとは言わないから。せめてさ」
「ああ、わかったよ。だが、それはお前も一緒だからな」

ひぐっ、とやっとおさまっていた涙がぶり返したジローは、それでも「うん」と不細工に笑って俺の渡したハンカチで鼻をかんだ。
和やかになった病室の雰囲気にようやく気まずい顔をした向日とその他一同が入ってきて、俺も早ければ明日には退院出来る事だしとりあえず気分もいいので笑って迎える事にする。
ちなみに渡したハンカチは鼻をかむためではなく涙を拭くために渡したのだが既にもう手遅れなので見逃そうと思う。


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