novel | ナノ



「髪を切ってきたら考える」

そう言ったのがつい三時間前。そして今。目の前にはもっさい髪をばっさり切って爽やかに変身してきたオタク野郎が目を泳がせながら立っていた。



俺はコンビニでバイトをしている所謂フリーターだ。フリーターだがきちんと夢を追っているフリーターだ。断じて遊び回っているだけじゃない。
コンビニのバイトは覚える事は多いが慣れてしまえば楽なものだった。バイト仲間も楽しいやつばかりでわりと充実している。

「ねぇ俺深夜のシフト希望出したのに店長入れてくんないんだけど。どういう事だと思う?」
「お前が客来ないのをいい事にがっつり寝るからだろ」

今日もそんなバイト仲間のジローとグダグダ喋りながら楽しく仕事していた。客のピークも終わりゆったりとした雰囲気の時にそいつは現れた。

「いらっしゃいませー」

自動ドアが開く音を聞いて声を出し、隣でアクビを噛み殺すジローを小さく小突く。来店してきた客はまっすぐこちらに足を進めて俺の前で立ち止まった。タバコか?と思い目の前の背の高い客を見上げると、男は長い前髪とダサい眼鏡で隠れた目元を泳がせている。

「……?」
「あ、あの……!」
「はい?」

長年バイトをやっていると変な奴とかわりと世の中に蔓延している事に気づかされる。挙動不審な奴とか今更驚く事でもないがよくよく見てみるとその男には見覚えがあった。コンビニは大体常連の客は自然と覚えてしまう。この男もよくこのコンビニを利用してる奴だった。決まった時間に来ないため印象はそれほど強くはないが肩まで伸びたもさい髪型に確かに見覚えがある。
男は泳がせていた目を不意に俺へとまっすぐ向けると意を決したように口を開いて初めて聞いた低く癖のある声を裏返しながら俺の手をがっしりと握った。

「む、向日さん!俺と付き合ってください!!」

ぽかん、と一瞬店内全体が静まりかえる。周りが多少ざわついてそれでも我関せずななか当の本人である俺はあまりに唐突な事にまったく反応出来ないでいた。握られた手がお互いの汗でじとりと熱い。
すると隣のレジにいたジローがアハハと笑って面白そうに俺を指差しながら頬杖をついて男に言った。

「向日岳人くん、その子、ちんこ付いてるよ」

おいもっと言い方考えろ、と突っ込みを入れたかったがそれよりも先になるほどと納得してしまった。目の前の男は俺を女だと勘違いしているのか、と。
制服の胸元にはネームプレートがあるものの名字しか記載されていないし自分の容姿はまぁものすごく不本意ながらも昔から中性的だと言われていたからまぁまぁまぁない話じゃないよな、腹立つけど。

「えっ……う……」

ジローの言葉を聞いて再び目を泳がせた男は明らかに動揺していた。それでも離されない手はどちらとも言えない汗でべちゃべちゃだ。
男はなんとも言い難いなにかを葛藤しているような表情で俺を見つめたあと吹っ切ったように叫ぶ。

「か、構わへんよ!」
「っは?」
「せめ、せめてお友達じゃ……あかん……?」

ぎゅうう、握られた手に更に力がこもった。俺はわけもわからずジローに助けを求めるがヤツは面白そうににやにやと笑っているだけだ。他人事だと思いやがって!
俺はなんだか色々な事に腹が立ってきてキッと目の前の男を下から睨みつけた。名前も知らないダサい男はおどおどと狼狽えて心なしか顔を赤くしている。

「だせぇなお前」
「え、あう、ごめ……」
「いい加減離せよ、手!」
「じゃ、じゃあお友達にっ」
「なんでだよ!」
「う、頷いてくれるまで離さへん!」
「なんなんだよ!もー!」

ぶんぶんと乱暴に手を振りほどこうとしても汗で滑るはずの手はまったく離れず気づけばお互いにハァハァと荒い息をこぼしながら三分ぐらい格闘していた。お客は避けるように外に逃げるかジローのレジに流れ込む。営業妨害だ!叫ぶも男は聞く耳を持たない。とうとう嫌気がピークに達した俺は早くこの状況から脱却したくて「あーもう!わかった!わかったっつってんだよ!!」とついそんな事を口走ってしまった。
その途端パアッと表情が明るくなった男を見て早々に後悔した俺は離された手をバッと引くと「ただし!」と付け加える。

「勘違いすんなよ!そのもっさい髪を切ってきたら考える!!」

もうこうなってしまっては変に断って逆上されても厄介だ。俺は適当にそう口にしてよくわからない条件を出してから逃げるようにバックヤードへ駆け込んだ。

そうして三時間後の、今に至る。


「……本当に、切ってきたのか……」

しかも早い。俺は嫌悪を通り越してなんだか呆れてきてしまった。襟足や前髪はまだ長めなもののだいぶさっぱりしているしむしろ爽やかでモテそうだ。ダサい眼鏡は相変わらずだが。

「……」
「岳人ー、店長が商品の発注しとけってさっき……あれ、さっぱりしたねー!」

なにやら資料を見ながら店内に顔を出したジローは再び現れた男を見てまるで友達みたいに親し気にそんな事を言った。
こいつはもう友達気分か、こら。
目の前の男もドキドキとなにかものすごく期待しているしとにかくとても居心地が悪かった。

「あーその……なんだ」
「よ、よろしく、向日さ……えっと、向日くん」
「あー……」
「ねぇねぇ」

困って頭を掻く俺に横からにこにこと横やりを入れたジローに男とふたりして振り返る。ジローは以前として面白そうに、それでもどこか裏があるような少し怖い笑顔で男に言った。

「友達友達っていうけどさ、まずは名乗らないと信用出来るわけないだろ」
「え、あ!すまん!忍足侑士っていいます。ゆ、侑士って呼んでくれてええ、よ!」
「おしたり?変な名前〜」

ジローの方ではなく俺の目を見てにっこりと言う男、もとい忍足にジローは気にする風もなくけらけらと笑う。

「まぁ晴れて忍足くんは岳人とお友達になれたわけだけど」

おい、確かにそういう事なんだろうけど勝手にお前が肯定するなよ。と内心毒つく。忍足もジローの言葉に嬉しそうににやついていた。なんで俺がこんな目に。

「俺も岳人とはお友達だから、変な事したらお前の事容赦無く殺しに行くから覚悟しとけよ」

なーんてね。

ジローは笑顔でそう言うが目はまったく笑っていなかった。楽しんでいる反面とても冷静らしいこの友人は心強い事このうえないが味方であるはずの俺でさえそのセリフと笑顔にはぞくりと背筋が凍ってしまう。
直接向けられた忍足も口許を引きつらせ血の気の引いた顔でバックヤードに消えるジローをただ眺めていた。それでも俺の手を捉えて離さない手のひらには力が込められる。つまり、変な事しないって事で、いいんだよな?


もっさい客×コンビニ店員
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