novel | ナノ



俺ってさ、人を待たせる事はあっても待たされる事ってそうそうないんだよね。俺の周りのやつってなんかしっかりしてるやつばっかだしあの遅刻魔の岳人でさえ俺相手だとしっかり世話を焼いてくれる。宍戸なんて待ち合わせ場所を決めるくせにまっすぐ俺の家に叩き起こしに来るし忍足なんかはあらかじめ決めた時間より三十分はわざと遅く来てるみたい。それでも俺の方が遅く来るから最近まで知らなかったけどね。
そうそう日吉なんてさ、俺がまともに来ないの知ってるから約束さえしてくれないんだよ。鳳や樺地は優しいから律儀に待ってくれるんだけど。でもまぁ一番律儀って言ったらやっぱり跡部だと思うんだよね。だって俺が海外で迷子になった時ヘリコプターまで出した男だからさ。
……あれ、ちょっと律儀とは違うかな。
うーん、まぁとりあえず跡部はとても律儀だった。時間通りにきちんと来るし五分遅れただけで鬼のように電話をしてくる。待ち合わせの一時間前と三十分前と十分前にも必ず電話をしてきて起きろ準備をしろちゃんと外にいるかと確認してくる。挙句の果てには車で俺の家までわざわざ来て寝たままの俺を攫いに来る。目が覚めたら跡部の部屋とか車のなかとか結構ザラだった。
そんな跡部が、とりあえず時間だけは厳守するあの跡部が、ざっと二時間もこの俺を待たせてるなんて異常事態極まりないと思うんだよね。

「あ、ヘリコプターだ」

ふあああ、と大きなあくびをこぼしながら俺はぼんやりと空を見ていた。上空を飛んでいるあのヘリコプター、実は跡部だったりして。なんて考えて虚しくなる。
駅前の少し開けた場所にある垣根に腰掛けて、邪魔なリュックは膝の上に抱きかかえて、チクチクとする枝なんてもろともせず体重をそこに預けながら空を見て時間を潰していた。体感では三十分ほどに感じていたが時計を見たら二時間近く過ぎていたので恐らくそのまま寝ていたんだろう。そうだというのに、跡部の姿はどこにもなかった。
待ち合わせの場所間違ってないよね?と確認したいがあいにくケータイは家に置き去りにしてしまった。

「腹減った……」

ぐう、と鳴った腹に少し嫌気がさして帰ろうかなぁなんて考えてしまう。俺は今日に限って珍しく、時間通りにこの場所へ来ていた。跡部がいないなんて考えもしなかったし、遅刻してくる事もとても珍しい。もしかしたら遅れるって連絡が入ってるかも知れないが、ケータイがないので知る由もない。帰りたい。けど、帰れない。

跡部が二時間も遅れるって事はよっぽど大事な用が増えたのか、事件に巻き込まれたのか、事故に巻き込まれたのか、下手したら来れない用が出来てしまったのかも。心配だなぁ、不安だなぁ、あーあ、いっそのこと今日が来なければよかったのになぁ。現実から逃れるように俺の瞼はまたウトウトとし始めた。跡部が俺の事を気にかけなくなったとか、跡部が俺との約束を覚えていなかったとか、そういう事は考えないように必死で頭の隅に追いやった。



跡部とは、別に劇的な出会いをしたわけでも激しく惹かれ合ったわけでも運命的な別れをしたわけでもない。普通に出会い、普通に惹かれ、普通に別れた。ただ、少しロマンチックな約束をした。

そもそも跡部っていうのは、昔から無茶苦茶でそれでもなにかと筋が通っていて俺以上のわがままでそのくせとても世話焼きで、傍若無人な俺様なのにとても優しい。そんな跡部が大好きだった。中等部の卒業とともに留学する跡部と関係を終わらせて、それでもその時「高校を卒業してすぐのお前の誕生日に、もしまだ気持ちが残っていたら三時に駅前の時計塔で待ち合わせしよう」って約束したのだ。
そこまで思い返して、跡部が来ないという現実を痛感する。
俺との約束を忘れてしまったのかな。それとも、もう俺を好きじゃないのかな。ぼんやり、霞んでくる視界は眠気のせいだと思い込んで、じりじりと日差しが強くなってきた空から逃げるように俺は固く目を閉じた。

「暑いね」と言って「そうだな」と返ってきたあの頃は、きっと幸せってやつだったんだろう。


調べれば、跡部の情報はわりとすぐに手に入った。若いテニスプレーヤーとしてすでに注目されているし順調に結果を残していたから、ネットで跡部の名前を検索すれば英文が面倒くさい以外は特に支障もなく彼の活躍を知れた。それでも俺はそれを知ろうとはしなかった。これでも、跡部を忘れようと努めていたからだ。

別れ際、教室の机に突っ伏して寝ていた俺の頭を跡部はなにも言わずに撫でていた。俺が起きている事に気づいていたのか、いなかったのか定かではないが、クルクルと癖の強い俺の髪に指を絡めてただただ無言で遊んでいた。
バレないようにちらりと見た跡部のもう片方の手には真新しい卒業証書が握られている。俺のは床に転がっていた。
そしてそこから目線を少しあげれば、ドアのところに樺地が佇んでいるのが見えた。まっすぐに俺たちを見ていたので、ばっちり目が合ってしまったが彼はなにも言わなかった。もともと無口なやつだったが、故意の無言だと思った。
その姿を見てじわりと涙が蘇ってきたのを今でも覚えている。きっと、今撫でているこの手が離れた時、本当の別れなのだろう。昨日、きちんと言葉で別れを言い合ったあとお互いにサヨナラしてから一晩中泣いた。
声を押し殺して泣いた。今日、跡部の前で泣いてしまわないように。

その涙がよりによって今ぶり返してしまった。髪を撫でる、苦しいほど優しくてあたたかなぬくもりと、そんな様子を俺たちと同じように悲しく思っている樺地の存在が心を潰しそうなほど辛かったのだ。ぐしゃりと、その時に潰れた心臓は今もまだ、きっと潰れたままなんだろう。
名残り惜しそうに、それでも強く決意されて離れていった指先を引き止める事なんて出来ず、俺はひとり残された教室で咽び泣いた。好きだ、と言葉にならない声で何度も何度も呟いて、最終的には床に転がっていた卒業証書を焼却炉に投げ捨ててから涙も拭わずに帰った。卒業なんてクソくらえだった。学校からも跡部からも子供からも俺は卒業なんてしたくなかった。


次、目を覚めした時、意を決して帰ろう。跡部が来ない事を認めて、帰ったらケータイを確認してきっとなんの音沙汰もないそれを抱えながら少しだけ泣こう。そうすれば俺の潰れた心臓だってようやく諦めがついて回復の兆しも見えるだろう。

ふ、とそう夢のなかで考えて俺の意識は浮上した。薄目を開けるが目の前は依然として霞んだままだ。ただ空がオレンジ色という事だけがわかってまだ日が高い事を知る。
虚しさに耐えきれずまた少し目を閉じた時、頭にあたたかいなにかが触れた。
決して、人肌を感じたわけではなかったが、確かにそれはあったかかった。あったかくて、苦しいほど優しくて、そして。

「俺とした事が、時差があった事を忘れてた」

心臓が潰れそうなほど、愛おしかった。


LOVEファンファーレ

(跡部の間抜け)
(うるさい、間抜け面)
(何時間待ったと思って、)
(これでも時差の存在に気づいてから慌ててすぐの便で来たんだ。ま、遅刻される側の気持ちもわかっただろ)
(うるさい、間抜け)
(誕生日おめでとう、いい加減泣き止めよ、間抜け面)


終130505
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