置いていかれる事には慣れていた。小さい頃からのんびりしていてみんなとは歩くスピードが常に違っていたし、かくれんぼの途中で寝てしまいそのまま見つけられる事なくみんなに帰られてしまう事なんてしょっちゅうだった。それが悲しいとか寂しいとか思った事はなかったが、唯一、跡部に置いていかれる事は酷く悲しい事だと気がついた。
ほら行くぞ、と言われるとその大きな歩幅に精一杯の駆け足で追いかけて隣りに並ぼうとする自分がいた。そして置いていかれそうになった時の嫌な焦燥感に焦った自分もいた。そんな自分に気がついた時にはもう既に遅かった。
「じゃあな。昼寝ばかりしてないでたまには真面目に生活しろよ」
日本を発つ空港のなかでレギュラー全員で跡部を見送った。その時に跡部はそう言って俺の頭を少し小突いて優しく笑う。そんな跡部に俺は現実味を感じる事が出来なくて、相変わらずのんびりとした脳みそはそんな跡部を通り越して飛行機が飛び立つ空を見ていた。
跡部とは、よく一緒に空を見ていた。なにをするわけでも話すわけでもなく、ただのんびりしていると自ずと視線は空へと向かった。流れる雲をただ見つめていた俺とは違って、いつしか跡部は遠くを見ていたのかな。
ねぇ、歩幅自体大きく違う跡部にこの俺が隣合っていようというのがそもそも間違っていたの?
「そういえば、お前になにか餞別をやろうと思って忘れてた。この際だ、今持ってるものだったらなんでもくれてやるぜ。言ってみろ」
跡部は出会った頃からなんら変わらない自信に満ち溢れた笑顔でそう言うと自身がしている腕時計や指輪、高そうなストールを指差した。普通餞別っていうのは俺の方から贈らなきゃいけないんだろうけど俺は素直にお言葉に甘える事にした。
空から跡部へと視線を戻した俺はただ跡部のまっすぐな目をジッと見つめ返したままその頬に両手を添えた。包み込むように掴んだ顔を下に引っ張って焦点が合わないほど至近距離で見つめると跡部は驚いて目を丸くする。
そもそも歩幅以前に、俺と跡部では見ている世界も生きている世界も違っていたのかも知れない。そんな事に今更気づいたって跡部の世界に飛び込むにはもう実力もなにもかもが遅すぎた。だからせめて、
「じゃあ、せめてその綺麗な宝石をちょうだい」
そう言って俺は跡部の眼球をべろりと舐めた。
おまえの眼を僕にはめ込めば、僕もおまえと同じものが見えるのだろうか
せめて、お前が見ている世界だけでも。
終
おまえの眼を僕にはめ込めば、僕もおまえと同じものが見えるのだろうか:Aコース