novel | ナノ



「好きだ」
と言う。その柔らかいであろう唇でそっと愛おしげに「好きだ」と呟くジローは、睫毛を伏せ、赤色に染まった頬でふんわりと笑った。その姿は普段のずぼらな態度とはほど遠く、繊細で酷く聖いものに思えた。触ってはいけないような背徳さが背筋を通り、それでも手をくだしてしまいたい欲望に全身が駆られる。
「だから、」
と続けられるジローの言葉を遮るように俺はジローの手首をやんわりと拘束し少し後ろにあった壁に優しく押しつけた。ちょうどいい位置にある首筋に顔をうずめるとジローは戸惑ったように、かつ不思議そうに俺の名を呼んでは首を傾げる。
「あとべ?」
その声が無性に愛おしくなり俺は精一杯ジローの匂いを吸い込んだ。洗剤の匂いであろう柔らかな香りのなかにジロー特有の日の匂いが混ざり合い、少し甘ったるいものも感じる。がぶり、首筋に歯を立てるとジローは擽ったがるよりも先に「ひやっ!」と小さく声を上げた。
「跡部っ、わ!なっ、」
戸惑うジローにお構いなしで見違えるほど真っ赤になってしまった目の前の耳を視界に捉える。肉厚な耳たぶは先日安全ピンで穴を開けようとして失敗した跡が生々しく残っていた。考え足らずで馬鹿で無鉄砲なこいつが俺は好きだ。首筋から唇を離し今度は耳に舌を這わせる。ぴちゃり、と閉じかかった不細工な穴に舌先を押しつけ歯で甘噛みしてやった。
「ひっ!跡部、離しっあっ」
じたじたとようやく抵抗し始めたジローはそれでも俺には逆らわない。手首をおさえる力は決して強くはないのにジローは無理にほどこうとはしなかった。ただ首を傾けいやいやと身を捩る。もっとも、ほどかれそうになっても俺は力を強めて無理にでも繋ぎ止めていただろうが。その証拠に戸惑いの色が強くなるジローを逃がすまいと俺は体重を乗せてジローを壁へと押しこんでいた。いよいよ辛くなってきたジローがそのままズルズルと壁づたいに座りこんでもなんら構いもせず、おんなじように座りこみその首筋を追いかける。
「跡部、やだ、跡部、」
目に見えるように首筋や耳はどんどん真っ赤になっていって声もだんだんと大きくなっていった。じとりと滲み出したジローの汗にも俺はぞくりとしてしまってもう救いようがない。
「跡部!どうし……ひっ」
好きだ、と愛おしげに呟く声もやめて、と怯えながら言う声も全てが俺に向けばいい。
「やめて、やめて、やめて」
そろそろ異変を感じとったジローが目に涙の膜を張って俺を焦ったように見つめてきた。その顔を可愛らしいと思いながら、俺はジローに唇を寄せる。首を振って拒否するジローにそれでも無理矢理キスをした。

ジローの言葉は全て俺に向けばいい。「眠い」と甘えたように舌足らずな言葉も「いやだ」とわがままを言うように発せられる言葉も「えへへ」と照れたようにはにかむ声も「好きだ」と愛おしげに呟く言葉も他のやつに聞かれてしまうくらいならいっそこの声帯ごと切り取って俺の胃袋におさめてしまいたい。そう思いながら俺はジローの喉仏にがぶり、と強く噛みついた。


『好きだ、丸井くんのことが』

先ほどのジローの言葉が耳について離れない。


その声帯を切り取って食べてしまえたらどんなにいいだろう:Aコース
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