novel | ナノ



結婚、という形にこだわるつもりはなかった。
家族、という絆にこだわるつもりもなかった。
ただ、どこまでも宙ぶらりんなジローとの関係が、時に酷く恐ろしかったりした。

「好き」という気持ち以外、ジローとの繋がりなんてあってないようなものだと思う。家族ほど確かな絆もなければ結婚という名の手段さえない。それでもジローとならそれ同様のものがなにもないところから築けると思っていたし必要もないと思っていた。しかし環境が変わると人間わからないものである。
中等部を卒業してお互い離ればなれになって共有するものがたったの「好き」という酷く曖昧なものしかなくなってそれでもそれ以外築くものも一切なくてそこで初めて自分達の関係がずっと宙ぶらりんであった事に気がついた。

「結婚しないか」

そうに言ったらジローは食べていたお菓子を噴き出して盛大に笑う。久々に会えたというのにこいつは相変わらずマイペースで次いつ会えるかわからないというのにこいつは相変わらず飄々としていて今日はお前の誕生日だっていうのにこいつはソファでパジャマのまんま寝転んでいた。どこか行かないか、と言うと跡部がいるだけで楽しさは十分、なんて言われてしまって満足はしたのだけれど。

「結婚?結婚ってあの結婚?跡部ジローになんの、俺。マジウケる」
「オランダに行こう。それともベルギー、ノルウェー、スウェーデン、アメリカ、お前の好きなところでいい」
「日本がいい。から、日本で法律が出来るのを待てばいいよ」

パジャマ姿でぼろぼろと食べカスを溢す相手に真剣紛いのプロポーズだなんて、全く色気がないけれど、それでもなんら構わなかった。
指輪はシンプルに、けれどなにか宝石をつけよう。ジローに指輪だなんて不釣り合いだがそのアンバランスさが俺の存在を主張しているかのようでむしろ悪くない。宝石は翡翠か、エメラルド、オパールでもいい。ああ、やっぱり今日は出掛けよう。ジローを説得して、指輪選びに。

「指輪は俺も買うよ」
「……どういう意味だ?」
「いや、なんか今の跡部、指輪とか買いに行きそうな雰囲気だなーと思って。結婚指輪は俺も買うからまだ買わないで」
「だから、それはどういう意味だ」
「俺も男って事だよ」

そもそも俺らまだ十代半ばなんだけど。なんて、からからと笑うジローはなんの不安も抱いちゃいないのだろうか。まるで自分ばかりがジローを想っているようで、いつの間にここまでこいつの事を好きになってしまったのだろうと思った。そんな俺を見て、うーん、と思案したジローはなにを思ったのかおもむろに俺の左手を持ち出してその食べカスだらけの口許にまるでキスでもするかのようにそぉっと添える。

「結婚なんて、わざわざ俺達の関係を国に認めて貰ってなんになるの」
「そういう、事じゃないのは分かってんだろ」
「んー、まぁ、ねぇ。つまり跡部は証が欲しいんだろ。俺達の関係が確かだっていう、重みがさ」

そう、にへらと笑ったジローは戸惑う俺をシカトして今の今までお菓子を頬張っていたその口にがぶり、と俺の指を咥え込んだ。五本のなかの一本の指がむぐむぐと口のなかに飲み込まれていって時折熱く火照った舌が関節をくすぐっていく。とうとう根元まで咥え込まれた指はどうする事も出来ずにただただジローのなすがままだった。少しだけ苦しげに目を細めた表情がどことなく悩ましげで全くもって心臓に悪い。
べろり、と爪の先まで舐められたかと思うとガリッという鈍い音が聞こえて、途端に痛みが走った指の根元に俺はたまらず顔を歪めた。咄嗟に掴まれていた(なおかつ食べられていた)左手を引いてジローから逃れると指先からジローの舌に唾液の糸がつたって艶やかにそこを彩る。全く、心臓に悪い。

「なにがしたいんだお前」
「ん。跡部も噛んで」
「はあ?」
「跡部も、俺の指噛んで」

滑るように口から出た俺の文句を何事もなく流したジローは自分の左手を俺の口許へと持ってきて今度は俺に咥えろと言う。目的が把握しきれなくて躊躇していると「結婚指輪の代わり」なんて笑うものだから、ああそういう事か、とようやく意図を理解した俺はジローに遠慮なんて一切せずにその小さな指に食らいついた。
痛みに歪んだその顔に少し鼓動が高まったのはここだけの秘密である。

(歯形で出来た即席のペアリング、明日には消える刹那な約束だ。けれど、)

「形のないものを触って、確かめ合って、そうやっていくのが愛っぽくていいじゃん」

そうに言って擽ったそうに笑ったジローの薬指をそっと優しく撫でてみた。なんにもないのに確かな手触り。これが愛っていうんだろう。


終120505
泣くように笑え:揺らぎ
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