novel | ナノ



「いいよ、いらない」
とジローが言った。なにをってそりゃあこの時期となれば自ずと察しはつくものだ。
目を細めてジローを見ると心地よく晴れている太陽の光が明るい髪色とその流れる汗に反射して直視出来ない眩しさを生んでいた。コートではダブルス1が試合の真っ只中で先ほど試合を終えたジローに冷たい水を差し出してやる。ありがとう、と礼を言ったジローはペットボトルのそれを一気に半分飲み干して再度ありがとう、と呟いた。上下する喉が悔しくも艶かしくて目を反らす。
こうやって、ジローの誕生日が試合と重なる事なんてなんら珍しくはない。ダブルス1の試合展開からして恐らく俺の出番はないだろう。自ずと明日の試合も出る羽目になりジローの誕生日をゆっくり祝う暇なんて数えるだけの時間しかない。その事もジローはよぉく理解していた。
「もったいないな」
「んー?」
なんか言ったぁ?なんて、けろっとした顔で言われたら、俺のなかのなにかがむくむくと成長していくような感じがする。悔しいような、惜しむような、悲しいような、残念なような、そんななにかが。
「お前の誕生日が、だ」
「あー……まだ言ってんの?」
誕生日だからって試合を投げ出す方がもっともったいないじゃん、と言って残りの水をぐいっと喉に通したジローは俺が思っていたよりもずっとずっと大人だった。プレゼントさえもいらないと言ったのはただ単に物欲がなかったせいだろう。おめでとう、というひと言だけでこいつは心底嬉しそうに笑う。
「この試合、早めに終わるだろうからどこか行くか」
「いいってば。跡部と違って試合に出た俺は疲れてんの」
「嫌味のつもりか、それ。まぁお陰さまで汗ひとつ掻いてねぇがな」
「ふふ」
「家来るか」
「エッチしてくれるなら行く」
「疲れてんじゃなかったのかよ。それに明日も試合だろ」
「知ってるよ。だからエッチしてくれるなら行くって言ったの」
ふふ、と楽しそうに笑ったジローは俺の隣に腰を落として頭をこてんと肩に擦り寄せてきた。目を閉じて、猫のように擦り寄って、見えないように手を繋ぐ。最近のジローは可愛らしさのなかに僅かな色気も感じられた。出会った頃とは考えもつかないような光景だ。額に浮かんだ僅かな汗さえ俺の目には愛おしくうつる。
「お前、試合に負ければよかったのに」
「うわ、跡部がそこまで言うとは思わなかった」
「冗談だ、バカ」
これで我慢しろ、と囁いて水で少し冷えた唇にキスをすれば宍戸達が勝ったのであろう大きな歓声が聞こえた。これでいよいよ明日も試合だ、そうに思うと先ほど言った我慢しろという言葉がまるで自分自身に放った戒めのように思えて、俺は意図的にジローとの口づけをより一層深めていた。


睫毛が触れ合うくらい、近く

終120505
睫毛が触れ合うくらい、近く:揺らぎ
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