novel | ナノ



目を閉じるとキスが降ってくるから目なんていらないと思ってしまう俺と、嫌になると体を抱き上げて一緒に歩いてくれるから足なんていらないと思ってしまう俺と、好きだと言うと困ったように笑うから愛なんていらないと思ってしまう俺は、きっと俺自身を今一番必要としていないんだと思う。


愛してる、愛してない


跡部と俺は決して恋人という関係ではないけれど時折岳人に「お前ら本当に付き合ってねぇの?」なんて聞かれる事が暫しある。冗談やからかいなどではなく至って真面目に聞いてくるもんだからいつだって変な空気になるのだが正直「付き合ってないよ」なんて自分の口から否定するのにそろそろ胸が痛いので非常にやめてもらいたい。

「だってお前ら、たまーに空気が変だから」

岳人に空気の事を語る素質はないと思う(なにせ読めない)

「二人の間に流れる空気がたまーにピンク色というか甘ったるいというかぶっちゃけ恋人みたいな感じ?」

俺も、それは常々感じている。跡部はどうだか、知りたくもねぇけどさ。
膝の上に頭を乗せて無言で膝枕を要求すると跡部はなにも言わずに膝を貸してくれる。最初こそびっくりして叩き落とされたりもしたけれど今となってはこちらなんて一切見ずに涼しい顔で部誌をチェックしていた。下から見るそんな跡部の表情にまるで自分は彼に飼われている猫のようだと思う。困っていたら助けてくれるし不機嫌だと慰めてくれる。撫でて欲しいと撫でてくれるしお腹が空いたら食べさせてくれる。見返りを求めていないような彼の施しは友人というよりまるで飼い猫に接するようなそれだった。端から見れば岳人のようにピンク色の空気に見えてしまうのかも知れない。
キスして欲しいと目を閉じたら静かに瞼にしてくれた。生きるのに疲れたと足を止めたら抱き上げて一緒に歩幅を合わせてくれた。好きだと口を滑らせたら困ったように苦笑した。
俺を甘やかして陶酔させて突き放しもしないのに俺を好きにはなってくれない。そんな跡部が悲しくて俺は無償の愛情なんていらないと思った。

「跡部」
「……どうした?」
「なんでもない」
「……おい」

膝の上から跡部を見上げて名前を呼ぶと寝ていなかった事に驚いたのか少し意外そうな顔で見下ろされて、そんなに寝ていない事が珍しかったのかすごく心配そうな声色で俺に語りかけてきた。なんでもないって言っているのに跡部はそうは思わなかったみたいだ。寝ていない俺はセンチメンタルってか。全くその通りで嫌になる。

「腹でも痛いか」
「どっちかって言うと頭が痛ぇ」
「アーン?熱はねぇみてぇだが」
「冗談だってば」

跡部、過保護。なんて、ばりばりそれに甘えている俺が言えたもんじゃないけれど。

一回、勘違いして跡部と俺は両想いだと思い込んでいた時期がある。好きだとか付き合ってとか言い合った事もないくせに何故か妙な自信を持っていて、だから言ってしまったんだ。キスしてって。ご丁寧に瞼まで閉じちゃってさ。当然口にくるもんだと思っていたら跡部は息だけで笑って閉じた瞼の裏に触れるだけのキスをした。びっくりして目を開けた時に気がついたんだ。跡部はおかしなものを見た時のようにごく自然に笑っていた。まるで俺が跡部を困らせるための冗談を言って、それの裏をかいてやったみたいなしたり顔。跡部からすればびっくりして目を開けた俺は本当にキスしてくるとは思わなくて返り討ちにあったって顔なんだろう。ああ俺に欲情はしないんだなって、その時ショックだったのを覚えてる。

「なぁなぁ、跡部」
「なんだよ」

キスして欲しいと目を閉じたら静かに瞼にしてくれた。俺らは恋人じゃない。そう自覚してしまうこの瞬間が泣きたくなるほど嫌いだ。

「冗談、じゃねぇよ、馬鹿」



(そう言っても跡部は頭痛薬しかくれないんだろう)

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