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「俺さ、死ぬんだって」

 ジローの言葉はいつだって唐突で俺はついていく事が出来ない。それでもきちんと聞いているつもりだし、理解しようと心掛けているつもりだった。

「今日は4月1日じゃねぇぞ」
「あれ?そうだっけ、ごめん」

 ジローはそれだけ言うと虚ろだった目を閉じて地面へと寝転がる。あまりに不可解だったその妙な嘘は嘘にしては不謹慎極まりなく、真実にしてはあまりに非日常的だった。チラリと盗み見たジローの顔を見て俺は話し掛けなければという今までに経験した事のないような衝動を覚える。何の苦痛もなく目を閉じていたその様がいやに俺をゾッとさせたのだ。

「寝惚けてんのか?」
「自覚はないけどね」

 まだ眠っていなかったらしいジローは素直にそう答えると仰向けだった体を翻しうつ伏せの状態から身を起こして、俺を見た。その顔は笑顔だった。

「俺たまに夢とこっちの世界がごっちゃごちゃになるんだよ」

 こっちの世界、という言い方に違和感を覚えたが、恐らくジローからしてみればその言い方の方が適切なのだろう。この現実世界が実体だという証明を果たした人間は今のところ存在しないのだ。

「っ、痛い痛い痛い!」
「どうやらここは夢の世界じゃないようだな」

 ジローの頬をおもむろに摘まんで引っ張ればジローは素直に反応する。柄じゃないがジローとのこういった触れ合いは嫌いじゃない。

「いやぁ、分かんないっしょ。俺夢ん中でも痛さ感じた事あんもん」
「勘違いだろ」
「跡部あんま夢見なそうだし、分かんないんだよ」

 寝惚けついでに、今を夢の中と仮定して言います。
 僅かに赤く腫れた頬をおさえながらジローは少々かしこまった言い方でそう言うと笑顔で俺を真っ直ぐに見据えた。

「跡部、俺が死んでも、変わりはいるからね」

 瞬間、俺は思考が停止する。

「俺以外にも跡部の甘ったるい素顔を引き出せる人は探せばきっといるから」
「なにを、急に」
「夢の中でしか言えないでしょ、こんな悲しい事」

 ジローは、死の感覚を人とは違う感覚で見ている。死とは全くの無であり消滅を意味していた。しかしジローは違うのだ。ジローにとっての死とは現実世界と夢世界との逆転を意味している。現在拠点としている現実世界から、夢の中へと拠点を移す事が死ぬ事なのだとジローは認識していた。つまり夢そのものが死後の世界という事になる。そんな事は決してないのだけれど、その時俺は目の前のジローが夢に吸い込まれてしまいそうに見えて仕方がなかった。

「俺さ、死ぬのってそんなに悪い事じゃないと思うんだよね。夢を見ずに熟睡している時の感覚と同じ、もしくは似ているって良く聞くでしょ。それが人の言う無なのだとしたら、それも悪くないなって思うんだ。だってそうでしょ。俺は寝てる時が一番、シアワセなんだよ」

 この現実世界が夢であれと俺は強く、願う。


(Dream resident)





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