~2010 | ナノ




 テストは特に嫌いじゃない。ギリギリな教科はあれどなんだかんだ赤点は取った事がないし、むしろ授業がないとあればそれはそれで嬉しい限りで、けれど何が不満かと強いて言えばテスト期間中が物凄くつまらないというところだ。

 テスト期間中は部活がない事は勿論の事、跡部に無理矢理テスト勉強をさせられる。そのおかげか今まで赤点はなかったにしろ黙って机に向かって勉強だなんて性に合わないというか眠くなるというか、苦手科目をこれでもかとやらされるので堪ったものではない。なんでも、俺はムラが酷くあるらしい。得意科目は授業中結構寝ていたりするくせに何故か出来たりする反面(睡眠教育と人は言う)苦手科目はてんで駄目で赤点ギリギリ。ちなみに言っておくと、俺は理系です(これを言うと大半の人が生暖かい目を向ける)

「寝るな、殺すぞ」

「ペナルティ重っ……」

 跡部の部屋で勉強を始めて早くも30分が経過した。俺のノートは真っ白で目の前には古典の資料やら教科書やらが机に目一杯広げられている。机を跨いで向かい合って座っている跡部のシャープペンシルの動きは早くて、何をそんなに書く事があるのかと少し頭が痛くなった。

「何が分かんねぇんだよ」

「全部」

「……」

 嫌味でもなんでもなく素直に言うと跡部は眉間に皺を寄せながらしばらく停止する。そもそも古典って何の為に学ぶのかその時点でもう分からない。今の日本語もままならない俺に古典頑張れだなんてよく言えるものだ。なんだよ古典って。もはや宇宙語にしか見えない。そうに言ったら停止していた跡部が「だったらお前読めるだろうが」とよく分からない言葉を発した。

「跡部ってなんで苦手科目ないの」

「俺様にそんなもんあってどうすんだよ」

「うわ、思ってもない切り返し。なに?東大でも目指してんの?」

 眠気に耐えながら嫌味っぽく投げやりにそう言葉を投げ掛けると跡部は鼻で笑ってこう言った。

「ばーか、もっと上だ」





 東大を受ける人っていうのは俺の次元では手に終えない存在だ。東大だけに限らないが、そういったところを目指している人の頭の中には俺が見た事も聞いた事もない数式や情報が詰まっているのだと思うと考えているこっちの方がパンクしてしまいそうで、そこに更に難しくてややこしい知識や数式や情報やらが詰め込まれるのかと想像すると本当に目が回る。何故頭がパンクしないのか、限界が来ないのか、何故そんなにも貪欲なのか……検討が付きやしない。
 思考がスリップしている俺に軽く今やっているところの解説をしてまた自分の勉強に戻った跡部を見て酷く小さな声で呟いた。

「そんなにいっぱい情報頭にぶち込んどいてよく死なねぇね」

「あ?」

「俺自分で言うのもなんだけどやれば出来る子なんだよ」

「あ?」

「でもそんなには到底、出来ない」

 完璧主義者な跡部だから頭が半端なく良くなるのは彼にしたら極自然な事。俺なんて「死にはしないでしょ」な生き方だから最低限で満足してしまう。そうに考えると跡部そのものがなんだか自分とは違う次元にいる人みたいに感じて、なのに物凄く近くに存在している跡部に変に違和感を感じて、この違和感を抱いたまま遠い距離に離れてしまったら多分俺は跡部に現実味を感じられなくなる。そう思った。

「……なんだよ」

 今一方的に跡部との心の距離を作ってしまった俺は焦って跡部の手を取った。先程の発言もあり卒業後はより上を目指して跡部は留学をするんだろうなと心に密やかに思っていたのが更に仇となる。
 跡部が留学するという事は少なからず距離が出来るという事だ。意思疎通は手紙かメール、電話のみ。果たして跡部と自分は釣り合っているのかと、跡部と同じ次元に俺は存在しているのかと今自分に劣等感に近い感情を抱いてしまった俺は一方的に跡部との心の距離を感じてしまった。
 跡部に触れないと、話さないと、面と向かって俺だけに向けられた言葉を聞かないと跡部がすぐ隣にいるという現実に現実味を感じ取れない今のこの事態(まるでブラウン管を通して彼を見ているような感覚)この不安な感情を拭わないまま跡部が留学したとしたら、その一切会えない状況できっと俺は跡部に現実味を感じ取れない。

 危ない、危ない。

「邪魔だ、離せ」

「あ、跡部」

「あーん?」

 跡部の言葉をシカトして更に力を強めてギュッと握った。ドキドキと鳴る心臓は実に不愉快で軽くパニックになる。じっと目を見据えてくる跡部の目をじっと見据えた。深いブルーの瞳はいつになっても照れ臭く、慣れない。

「どうしよう跡部」

「何が」

「なんか今無性に跡部と密着したい」

「……欲情するきっかけが分かんねぇよ」

「そっち行って良い?」

 緊張からか軽く乱れた息に少し熱い顔。今も十分近い距離だけれど跡部の部屋のこの机は少し大きすぎる。返事を聞く前に俺は早急に跡部の方へと移動した。ただ隣というのも物足りなく思い切って跡部の膝の上に向き合う形で乗っかった。急なそれに少し戸惑った跡部に構わず首にしがみ付く。ああ、跡部の匂いがする。そう思ってざわめきたつ心が少し落ち着いた。あわよくばこのまま眠ってしまいたい、そう思う程。

「ジロー?」

 跡部の肩口に顔を埋めながら深く息を吸って吐いた。酷く落ち着いた。

「変態に見えんぞ」

「うん、確かに」

「匂いを吸うな、擽ったい」

 攻められているみたいで気味が悪いと言った跡部にそれもアリだなとほくそ笑む。やれやれと呆れたようにため息を溢した跡部におもむろにキツくギュウッと抱き締められて不可解な不安な気持ちがシュワシュワシュワと綺麗さっぱり、浄化した。





「なんか眠くなってきた」

「とことん自由だなお前」

「こういうのなんて言うんだけっけ?生殺し?」

「てめぇが言うな、黙れ……寝んならベッドで寝ろ」

「えろい意味に聞こえる」


 そうに言ってクツクツ笑う。ペシンと頭を叩かれた。心地よい微睡みの中で跡部の存在を身体全体で感じながら俺は目を閉じる。勉強の事は一旦保留にしておいて目が醒めてすっきりしていたら再開しよう。こんな不安にかられるなんてなんだかテスト期間が更に嫌いになりそうだと俺はひとつ深く息を吐いた。


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