~2010 | ナノ




「あなたらしくないですね」

 こちらなんて一切見ずに遠くの方を見つめながら言った日吉はボロボロとだらしなく涙を垂れ流す俺の隣に静かに腰を下ろした。日吉の目線の先を辿れば夕陽がキラキラとビルに反射しているところで、ああ綺麗だなと思う。

「その汚い泣き方はあなたらしいですけど」

 ええ、ちょっと、俺悲しくて泣いてんだけど。
 デリカシーもなにも感じない日吉の言動に軽くポカンとしたものの、シカトされなかっただけ日吉の優しさだと思い改めて我ながら雑に涙を拭った。良く考えれば俺もデリカシーなんてないし(そもそもデリカシーの単語の意味を良く分かってないし)今更かも知れないけどこの状況はちょっと先輩としては情けないなぁと思う。先輩らしい事なんてした覚えは一切ないんだけど一応は年上なんだし格好くらいはつけなきゃダメだと柄じゃないがその時思った。ていうか、俺らしくないって、どういう意味だろう。

「ズビッ、あー、止まんない」
「別に無理して止める必要もないですよ」
「そう?」
「そうですよ」

 俺は昔から人に甘える癖がある。そうやって生きてきたし、生きてこれたから今更直せるもんでもない。だから恐らく今回も日吉のその言葉に無意識のうちに甘えてしまったんだと思う。
 そうやって涙を止める事をパッタリとやめてしまった俺はただただ流れ出てくる涙をボタボタと地面に落下させていく。鼻水も一緒に流れてきたけどそれはさすがに腕で拭った。ズズズッとすすってもきりがなかったし息苦しいばかりだからだ。出来ればティッシュが欲しかったけど。

「ティッシュ持ってた方が良かったですね。すみません」
「なにそれ。良いよ、俺も持ってないし」

 日吉の変な気遣いに少し笑ってまた拭う。日吉が俺に優しくしてくれるなんてちょっと意外で気恥ずかしかった。理由はいまいち分からないが、日吉はなにかと俺への風当たりが強かったように思う。

「……俺らしくないってどういう意味?」
「は?……ああ、一人でメソメソするような人間には見えてなかったので」
「メソメソ……」
「もっと自分勝手な人だと思ってました」
「ふうん……」

 要するに、俺は日吉に相手の気持ちなんか二の次でとにかく自分の本能のままに猪突猛進する人間だって認識されていたわけだ。確かに当たってはいるけど今回はそうもいかないし、そもそもそういう問題でもないのでさすがの俺もメソメソぐらいしてしまう。
 口振りからして日吉は俺が泣いている理由を知っていそうだった。

「俺さあ、別に見返りが欲しいわけでも気持ちに応えて欲しいわけでもないんだよ」
「はあ」
「ただ、好きだっていうのを知っていて欲しかったし」
「ええ」
「好きでいさせて欲しかった」

 チューしたいとか、付き合って欲しいとかそういう事を望んでいたわけじゃない。ただ好きでいる事を許して欲しかっただけなのだ。俺はただ、本当にただ、ただただただただ、

「好きだっただけなんだよ」

 そう再度確認したら涙がボタッとまた落ちた。
 俺はあいつが好きだった。ただひたすらに、それだけだった。

「でも好きでいる事すら、俺、拒絶されちゃったんだよ」
「……」
「さすがの俺、もメソメソぐら、い、するよ」

 とうとう嗚咽が酷くなってきた。ああもうやだ。やだやだやだ。完全に塞ぎ込んで負の感情に支配され掛けた俺に意外にも手を差し伸べてくれたのは隣に腰を掛けている日吉の他にいなかった。日吉はなにを言うわけでもなくただひたすらに背中を擦ってくれてそれが酷い安堵を生む。俺の周りは良い奴らばかりでとても悲しい。いつもいつも、助けられてばかりだ。

「もう平気。ごめん。日吉」
「いえ。ああ、もし良かったらこれ使いますか」
「ん?なにそれ」
「今日部長からもらった来週のトーナメント表です」
「……それが?」
「鼻をかむのに、どうですかと」
「…………鼻……」

 鼻、鼻…………鼻?

「ぶっ!はははは!」
「……今変な事言いました?」
「言った!すげぇ言った!ぶふっ、マジ腹痛い……!」
「はあ」

 真面目な顔してユニフォームのポケットからトーナメント表を取り出した日吉は「生憎持ち合わせの紙がこれしかないので」と言って俺に差し出した。鼻水をダラダラと垂れ流しにしながら笑い転げる俺はそれが完全にツボに入ってしまって今まで泣いていた事なんて一時的と言えど頭からすっぽ抜けてしまう。

「でも、これ使ったら日吉困るっしょ」

 笑い過ぎて少し苦しくなりながらそう言うと日吉はなんて事ないみたいに俺に視線を合わせてこう言った。

「ああ、困った時は芥川先輩のを見せてもらうので大丈夫です」

 自分のこの紙はどこにやったか既に覚えてないけど、そろそろ鼻水も限界だったし日吉のせっかくのご厚意だしで俺はその紙を受け取っては思いっきり鼻をかんでみせた。多少微笑みながら紙を丸めて日吉を見ると彼はいつもの憎たらしい顔で「汚い顔ですね」と言い捨てる。しかしそんな言葉とは裏腹に日吉は俺の目尻に残った涙を親指で丁寧に拭い去ってくれたので嬉しさ以外の感情は俺のなかに生まれなかった。

「……落ち着いたら眠くなってきた」
「子供ですか、あなたは」
「日吉、そろそろ部活終わったんじゃないの。行って良いよ」
「今日は俺が鍵当番なので皆さんが帰った後でも大丈夫です。その顔じゃ人前に出れないでしょう」
「お前マジ良いやつだなぁ」
「まぁ、恐らくは樺地あたりが探しにくるでしょうけど、それまでにそのいかにも泣きましたって顔を眠っても良いですからきちんと正しといてください」
「分かったぁ!」

 俺は日吉の言葉に頷くとまたとないチャンスだと思い日吉の膝の上に頭を乗せた。それに驚いたのか、はたまた呆れたのか日吉は「子供ですか、あなたは」とため息を吐いたけれど頭の上に優しく手を添えて挙げ句の果てには静かに撫でてくれたので良しとする。これではもう先輩後輩なんて偉そうに言えたもんではない。しかし、今回日吉とは先輩後輩としてだけじゃなく一人の人間同士として向き合えたような気がしたのでそんな事はもうどうでも良かった。



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